Episode:56
「知ってるなら言いなさい」
珍しくルーフェイアの声が、僅かな怒気をはらんだ。甘い彼女でも、さすがに見過ごせなかったのだろう。
碧い瞳に見据えられて、研究者の顔が引きつる。
「どうなの!」
「し、知ってました……」
かすれるような声で彼が言った。
「いつから?! 何のためにあんなことを!」
ルーフェイアが少し涙声なのは、ショックからだろう。
「答えなさいっ!」
「は、はいっ!」
大の男が小娘に震え上がる様子は、滑稽としか言いようがなかった。
同時にこれこそが、シュマーの暗部を表しているのだろうとも思う。
あの見つけた書類束にも、「この実験はすべて総領家のため」というようなことが書かれていた。
逆に言うならそういう理由さえこじつければ、何でも通るということだ。事実そうやって、この施設では人をないがしろにした研究が続けられていた。
ルーフェイアやその母がどう考えていようとも、シュマーの総領家はその支配力故に利用される。それが分かっていないなら、あまりにも愚かと言うべきだろう。
「ここの部屋での研究は、いつから?」
「ぐ、グレイス様がお生まれになった後からですから……たぶん10年弱かと……」
だいたい予想通りだ。だいいちルーフェイアが生まれる前では、その複製があるわけがない。
「何のために!」
「そ、それは詳しくは……ここでこういう研究をしてる、ことしか」
いい加減すぎる答えに、さすがについ口を挟む。
「――自分たちが何をしているかも知らないとは、研究者として失格だと思いますがね」
一瞬真っ青になった後、真っ赤になって研究者の男が叫ぶ。
「し、仕方ないじゃないか! お前に何が分かるんだ!」
「仕方ないなどと言い訳するような輩のことなど、分かる気などありませんよ」
自分がやったことの重さに気付かなかった連中は、なぜ責任を棚上げして、一様にこう言うのか。
「あなたが同じことをされて、『仕方ない』と言われても納得できるのでしたら、まだ話は分かりますがね」
口ではそう言ったが、そんな聖人君子のような態度が、この連中に取れるわけがない。だいいちする側に限って、同じことをされたら怒るのだ。
「それで、なぜ逃げだしたのです?」
自分が訊いて答えが返って来るとは思わないが、それでもタシュアは尋ねた。こうでもしないと、今のルーフェイアではなかなか事の核心へたどりつかない。