Episode:54
(……おや?)
ふと気づくと、例の研究者が消えていた。どうもルーフェイアにしがみつかれている間に、出て行ったらしい。
「――ルーフェイア、そろそろ放してもらえますかね」
言うと少女が慌てて手を離した。まだ瞳がうるんでいるが、どうにか落ち着いたようだ。
「まったく。ショックだったのは分からなくもありませんが、あなたはシュマーのトップですよ? それが身内の所業にいちいち泣いてどうするのです」
「す、すみません……」
「条件反射で謝っても、意味はありませんよ」
以前から思っていたが、ルーフェイアが謝るのは深く考えてのことではない。とっさに謝るという行動が、パターン化しているだけだ。
「やってしまって謝るくらいなら、謝らずに済むように手を打てと、以前も言ったはずですがね。だいいち考えもなしにただ謝っても、また同じことを繰り返すだけですよ」
「すみません……」
埒が明かない。
ひとつため息をついて、タシュアはさっきから気になってることを投げかけた。
「あなたの誤り癖がどうしようもないのは理解しましたが、謝ってもあの研究者の行き先は分からないでしょうね」
「え?」
まだめそめそしていたルーフェイアが、はっと顔を上げる。
「いないん……ですか?」
「少なくともこの部屋には」
小さな生き物ではあるまいし、人が他にいるいないは、たいていの人は気づく。
「逃げたん……ですよね?」
「分かりません。そういういことは本人を捕まえてから言ってください。
タシュアのある種突き放した答えに、だがルーフェイアは納得がいったようだったそのまま壁へ走り寄り、通話石を稼働させている。
「この施設に残っている人に命じます。研究者のラヴェルをすぐ捕まえなさい!」
その様子たるや、ふだんのおどおどした彼女とは大違いだ。
(やはり何やかや言っても、シュマーということですか)
暴走してもおかしくないメンバーを、ただ一言でまとめ上げているのだ。やはり“グレイス”の肩書きは、シュマーの中では絶大なのだろう。
研究者のほうは、なぜ逃げたのかが分からなかった。
普通に考えるなら、もっと早い時点で逃げ出していて当然だ。事実他の研究者たちは逃げ出していて、ラヴェルとかいうものだけが取り残されている状態なのだ。