Episode:53
「医者にでも行ったほうがいいのではありませんか?」
だがルーフェイアは答えず、棚の中に手を差し入れた。
かちりという、何かがはまるような音。
「ほう……」
タシュアが声を上げたのは、壁が動き出したからだ。
厚みのある壁が、下から上へ。そして天井へ吸い込まれていく。
小柄なルーフェイアがまず先に覗き込み、くぐって中へと入って行って――。
「いやぁぁぁぁぁっ!」
悲鳴。
「ルーフェイア?」
泣き虫な彼女だが、意外にも滅多に悲鳴は上げない。それどころか、非常時なら泣くこともしない。
おそらくは最前線で育ったためだろう。
いちいち声を上げていては、それこそ敵に場所を悟られてしまう。あんなところで音をたてるというのは、敵に射撃の的を教えるようなものだ。
なのに今、ルーフェイアが声を上げている。
ただならぬものを感じて、タシュアは少女の後を追って壁をくぐった。
「いったいどうしたのです」
「先輩、あ、あれ……」
ルーフェイアが泣きながらすがりついてきて、奥を指差す。そうとう動揺しているようだった。
「なにをそんなに――!!」
さすがの様子になだめながら奥を見たタシュアも、さすがに言葉を失った。
部屋に並べられた大きな水槽。そこまではまだ何とか分かる。
だがその中には……。
「――なんてことを」
水の中で揺らぐ金の髪。白磁の肌。おそらくはルーフェイアの複製だ。人数は20人近いだろうか? 胎児と思えるものから幼児までさまざまだ。
ただそのどれもが、すでに命がなかった。
溶け崩れたりはしていないから、死んだのは間違いなく最近だ。一番可能性が高いのは、ここが見つかって撤退する時か。
どちらにせよ、許せる話ではない。こんなふうに子供をモノのように量産し、挙句に要らなくなったら殺すなど、気がふれているとしか思えなかった。
よほどショックだったのだろう、ルーフェイアは幼児のようにしがみついたまま震えている。せめて椅子にと思ったが、タシュアから離れようとしなかった。
(まぁ、これは仕方ありませんか……)
タシュアでさえ、ここまでは予想していなかった。
自分の複製をずらりと並べられたうえ全て殺されているなど、タチの悪いホラーとしか言いようがない。平然としているほうが、神経を疑う。