Episode:50
「あの、そうじゃなくて……書類……」
ルーフェイアが、また同じような台詞を繰り返した。
正直埒があかないと思ったが、何か言いたそうなので待ってみる。
少女は少しの間意味不明のことを言っていたが、やっと理解できる言葉を口にした。
「……その書類、えっと、持って……行きますか?」
「持って行って構わないのでしたら」
これは本音だ。知ったからといって何が起こるわけではないが、出来ればこんな中途半端な立ち読みではなく、きちんと座って読んではみたい。だから持ち出していいというなら、断る理由はなかった。
――ルーフェイアにその権限がない気はするが。
とはいえシュマー内でなら、この子が言えばほとんどの横車が通るだろう。異を唱えるとしても書類の持主当人程度、下手をすれば持ち主も喜んで従うかもしれない。
(まったく。何のための自由意思なのやら)
これではどう見てもただの奴隷だ。しかも奴隷状態にあるシュマーの面々がそれでいいと思っているのだから、もうどうしようもない。
まぁだからこそこの施設での実験が、まかり通ってしまったのだろうが……。
(シュマーももう、長くないのかもしれませんね……)
ふとそんなことを思う。
大きな組織が倒れるときというのは、中から腐るものだ。そしてシュマーは、すでに一部が腐り始めている。
誰かが大鉈を振るって切除しなければ、遠からず自壊するだろう。
もっともその大鉈を振るえる人物の一人は、今ここにいる。だからもしかすると、ここで一族をうまく立て直すかもしれなかった。
(――私一人で来るべきでしたかね)
話の成り行きでここまでルーフェイアと一緒に来たが、そもそも彼女に何も言わず黙っておけば、シュマーはそのうち消えたかもしれない。
そうなれば、晴れて人殺し集団が地上から一つ無くなったわけだが……それに気付いたとしても、実験を見過ごせなかっただろう。
シュマーが仮に消えるとしても、今日明日の話ではない。だが実験台にされている側は、それこそ今日明日の話だ。
どちらを優先すべきかは一目瞭然だった。
ただ見過ごせない理由は、「人道的」とか「正義」などというものではない。単に「この手の実験が嫌いで許せない」というだけだ。そしてタシュアにとっては、それで十分だった。
そして、目の前で困ったような顔をしている少女に言う。
「この書類、持って行っていいのですね?」
「あ、はい。あ、でもあの、あんまり、大っぴらには……あと、返して頂くかも……」
立場からしてみれば概ね妥当なことを、ルーフェイアが口にする。