Episode:22
間違いなく、あたしたちには気づいてない。ただよく探ると、大きな何かの気配に隠れるようにして、まだ他に居た。
囁き声で訊く。
(先輩、かなり大型の獣と……人ですよね)
(おそらく)
意見が一致した。なら、間違いない。
壁の陰に張り付いたまま、手だけドアノブに伸ばしてそっと開ける。
大型獣の呼吸音と、靴音とが耳に飛び込んできた。
踏み込む。同時に気づいた獣から咆哮。
予想通り、かなり大きい。四つ足なのに、あたしの身長より上に獣の頭が、しかも三つもある。
その獣が一気に跳躍して、ナイフのようなツメの付いた前足を片方振り上げて――どさりと音を立てて床に落ちた。
耳をつんざくような獣の声。さすがに痛いんだろう。
タシュア先輩を何とか倒そうと、獣が滅茶苦茶に暴れだす。けど先輩はそのツメの下をかいくぐって肉薄し、あっさりと頭の一つを切り落とした。
「……おや」
先輩のちょっと意外そうな声は、まだ獣が倒れないのを見たからだろう。
ふつうだったら頭を切り落とせば、少しは動いても勝負は決まりだ。けどさすがに3つもあると、1つ無くなってもなんとかなるらしい。
ただ暴れる度合いは余計に酷くなったから、困るといえば困るのだけど……。
そんなことを思うあたしの視界の隅で、白いものがちらりと動いた。
とっさに動いて、太刀を振り上げる。
けど。
「動かないで」
顔に見覚えがあって、口頭に切り替える。シュマーの人間なら、これで動けないはずだ。
みんなあたしが知らないと思ってるみたいだけど、分かっていた。シュマーの血を引く人間は何故か、あたしの命令には絶対服従だ。
何でそうなのかは分からない。けどあたしが小さい頃から、逆らう人は居なかった。
「ぐ、グレイス様……?」
「黙りなさい。それから動かないで」
ただそれだけで、中年の白衣の男の人はその場に立ちすくんだ。これならあたしが「もういい」というまで、ずっとこうしてるだろう。
ため息をつきたくなる。こんな滅茶苦茶なことが通るなんて、シュマーはホントにどうかしてる。
タシュア先輩のほうは、暴れてるのを何とも思ってなさそうだった。楽々とツメを避けて、次々と頭を切り落とす。