Episode:154
さすがにたまらなかったんだろう、集められてたスタッフの1人が、短剣――うちの場合、研究者でも武器を使える人間は多い――を抜いて、タシュア先輩に刃を向ける。
「ほう。屑同士で一人前に庇いあいですか?」
淡々とした口調で言いながら先輩が動いて、掴んでいたスタッフを盾にした。
短剣が深々と、焼かれて死に掛けていたスタッフに突き刺さる。
「まったく。この程度も考えつかないとは、研究者という割にはずいぶんと貧相な頭脳ですこと」
同時にどさりと重い音をたてて焼かれたスタッフが放り出されて、刺さった短剣を握ったままのもうひとりが一緒によろめいた。
瞬間またタシュア先輩の手が伸びて、2人目のスタッフの顎を掴む。
「同じというのも芸がありませんが、まぁこんなもので芸を追及してもムダでしょうしね」
炎が吹き上がる。また人が焼かれていく。
――一方的な、虐殺。
呆然と見ているあたしに、銀髪の先輩が視線を向けた。
その顔浮かぶに、どこまでも冷たい笑み。
一瞬にして全身が総毛立つ。
かわいそうだとかひどすぎるとか、あたしのそんな思いを嘲笑うかのような笑み。
けど……こういう人をあたしは、もう1人知ってる。
あまりに壮絶な光景に、思わずスタッフが助けを求めて振り返った、その人。
「カ、カレアナ様……」
「あらなぁに?」
気軽な口調。にこやかな表情。
碧い瞳に浮かぶのは微笑。
そのまま母さんは悠然と歩み寄って、スタッフの1人の頤に指をかけて、少し上を向かせた。
「なんのお願い? 言ってごらんなさい」
甘い声。
先輩みたいな冷たさはまったくない。子供のちょっとしたわがままを、聞いてあげるようなた雰囲気だ。
「適当な形で、叶えてあげるわよ?」
艶然とした笑みを浮かべながら、母さんが言う。
その微笑に危険なものを感じたんだろう、スタッフたちがあとずさった。
外をよく知らない研究者は別として、現総領カレアナ――つまり母さん――の怖さは、シュマーの人間なら誰でも知ってる。
戦場で、時にはこんな風に身内の誰かががしでかした暴虐を目の当たりにするたび、この人はこの艶然とした微笑で屍の山を築いた。そう聞いてる。
「た、助け……」
それを最後まで母さんは言わせなかった。
「ごめんなさいね。あたし、タシュアほど芸がないのよ」
言いざま片腕を切り飛ばす。
絶叫が上がったけど、母さんは平然としていた。