Episode:145
こんなことならもっと外へ出してあげればよかったと、いまさらながら後悔する。
そうやって後悔しながら歩いて扉を開けたところで、思わず足が止まった。
「もう、そんな時間……」
外は思いがけず、白みかけていた。
先輩を先導する格好で、急いで東の岬まで行く。
切り立った崖になっている突端まで行くと、まだ昏い海の果てに、わずかに明るい空があった。
藍色、群青、紫紺、紫、赤紫、茜、朱、朱金……。
ゆっくりと空の色が変わる。
それにつれて海も、青みを増していった。
朝日が、射す。
「ねぇ、見える? 綺麗でしょう?」
見せてあげたかった。
世界は、ひどいことばかりじゃないことを。
たくさん、美しいものがあることを。
でももう、遅すぎる。
「ごめんね、グレイシア。もっと、生きていたかったよね……」
朝日に煌く金の髪をなでながら、そっとつぶやいた。
涙が止まらない。
「ごめんね」。その言葉だけを、何度も繰り返す。
「――ここにいたのね」
振り向くと母さんの姿があった。
悲しげな表情。
こんなに悲しそうにしている母さんを見るのは、初めてだ。
「よく……寝てるわね」
分かってるのに、グレイシアの顔を覗き込んでそう言ってくれる。
「……うん」
馬鹿みたいだと思いながら、あたしもそう答えた。
――本当にそうだったら、どれほどいいだろう。
そのまましばらく、3人で黙ったまま昇る朝日を見ていた。
新しい日の始まり。
でもそれを待つことなく、グレイシアは……。
「さ、適当に戻ってらっしゃいね。小さい子に海風は、毒よ」
「……わかってる」
茶番劇。そんな言葉が脳裏を掠めたけど、それでいいと思った。こういうことがあったっていい。
「あぁ、それと」
帰りかけた母さんが立ち止まって言う。
「連中、案の定逃げたわ。まぁ行き先は押さえてあるけど」
「――また逃がすのでは? いつも詰めが甘いようですから」
「しないわよ」
母さんとタシュア先輩の短い、けど剣呑な会話が、朝日の中を飛び交った。