Episode:144
「うそだろう……」
悪い冗談だとでもいうみたいに、ファールゾンがグレイシアの頬をごく軽く叩く。
「グレイシア、遅くなって済まなかった。でももう僕が来たから」
思ってもみなかった彼の反応。
何故だろう? ファールゾンはたぶんあたしより、ショックを受けてる。
空気なんて全く読まないファールゾンは他人を不快にさせる天才だけど、やってること自体は合理的だ。しかも医者だから、こういう状況はよく分かってるはずだ。
なのに……。
「なぁ頼む、目をあけてくれよ……」
あたしを押しのけるみたいにして、ファールゾンがグレイシアを軽くゆする。けど、生き返るわけも無かった。
「何でだ。何でいつもこうなんだ」
彼の口調が変わる。
「この子が何をした? この子だけじゃない、何人も何人も、みんな何かしたのか?」
意味の分からない、けど強くて昏い言葉。
「何でいつも殺される? この子も僕らも遊び半分で――けど、生きてるんだ」
「……ファールゾン?」
あたしが考えてるのとは、何かが違う。もっと何か、深刻でヒドイ話だ。
「勝手すぎるだろう。自分が実験される側に立てば、そんなこと分かるじゃないか」
「ファールゾン、何の話……?」
けど彼が言うより早く、母さんが遮った。
「その話は後で。いいわね」
有無を言わさぬ口調。たぶんそれだけ、重大なことなんだろう。
ベッドの上に視線を戻す。
――小さな身体。
穏やかな顔のグレイシアに話しかける。
「ねぇ、グレイシア……外、行こう。海、見よう……」
もう遅いけど。けど、このくらいしてあげたっていいはずだ。
ぐったりと重いグレイシアを抱き上げようとしたら、横から先輩の手が伸ばされた。
そのまま無言で、タシュア先輩がグレイシアを抱き上げる。
「行こう、外へ……ね?」
先輩と二人部屋を出る。
母さんもついてこようとしたけど、入れ違いに部屋へ入ってきた人に話しかけられて、そのまま留まった。
長い廊下を歩いて、地上への昇降台に乗る。
――思ってなかった。
船旅が出来るくらい安定してたし、だからこそファールゾンたちもここまで連れてきたはずだ。それにここに来てからの対応は、ケンディクの病院なんて比べ物にならないほど丁寧だったはずだ。
それなのに……。