Episode:143
と、あたしの頭の中に声が響いた。
(る、ふぇ)
グレイシアが初めてあたしを名前で呼ぶ。
「何!? 何でもするから言って!」
この状況で呼ぶんだから、何か頼みがあるはずだ。
本当に何でもするつもりだった。この子が何か欲しいっていうなら、地の果てからでも持ってくる。
けど。
(あ、りが、と)
伝わってくる不思議な感情。何かをすごく残念がってるような、それでいてとてもホッとしているような、矛盾した思い。
握っていたグレイシアの手から、力が失われる。
「ダメ、ダメよっ! 逝っちゃダメっ! 戻りなさいっ!!」
この子が消えていく。
今まで確かにそこに居たのに、心が離れていく。
「あなたまだ、なにも見てないでしょう?! これで終わっていいの?! 一緒に外へいくんじゃなかったの!!」
叫ぶ。
けど、消えていくのは止まらない。
「――なんとかできないの!」
ムチャとは知りながらスタッフに、叫ぶ。
「今すぐ……よし、呪文を! ダメか、もう一回だ!」
魔法陣に魔力が注ぎ込まれる。でも、瞳に輝きは戻らなかった。
「グレイシア……」
タシュア先輩の口から、沈痛な響きの声がもれる。
戯れに生み出されて、適切な治療も受けられず、苦しんで苦しんでやっと助かったのに。
いったいこの子が、何をしたっていうんだろう? なんの権利があって、この子から未来を奪ったんだろう?
確かに生まれ方は普通じゃなかったけど、この子は普通の人間だった。
――ちがう、普通以上だ。
これほど理不尽な扱いを受けながら、それでもただ素直に、誰をも信じていたのだから。
その時、場違いなくらい大きな音をたてて扉が開いた。
ファールゾンが飛び込んでくる。
「グレイシア!」
けど室内の様子に、その表情が凍った。
「まさか……間に合わなかったのか?」
「ほんの、今だったわ……」
母さんの答えにファールゾンの顔から血の気が失せて、そのまま彼はふらふらとベッドへ歩み寄った。