Episode:142
「ダメ、なの……?」
気弱な言葉が口を突く。
だってこんなの、あったら困る。他の子なら死んでいいってワケじゃないけど、でもグレイシアだけはダメだ。
なのに、どんどんこの子の体温が下がっていく。握ってる手が冷えていって、あっという間に死相が濃くなってく。
「グレイシア、ねぇ、治ったら……何する?」
何とか引き止めたくて、話しかけた。
(……?)
グレイシアが反応する。
「何がいい?」
あたしはさらに話しかけた。単純なことだけど、これで命を繋げるときだってある。前線で何度か経験した。
かすかにこの子から、イメージが伝わってきた。
「海? 海、が……見たいの?」
ぼんやりした同意。
「う、海、なら……」
涙で声が詰まる。話さなきゃいけないのに、言葉が続かない。
「元気になれば、いくらでも行けますよ」
言葉が出てこないあたしに代わって、タシュア先輩が言った。
「ここは島ですからね、海なら目の前です」
先輩が次々という言葉に、グレイシアが意識を向けてるのが分かる。前から海を気にしてたから、聞き逃さないんだろう。
「砂浜、ある……から……」
「では潮干狩りでもしますか――あぁ、潮干狩りというのは、砂を掘って貝を採るんですよ」
グレイシアが好きそうな話題を、先輩が次々と並べる。
「後で料理して食べると、美味しいですね」
「ここ、大粒のが取れるわよー」
母さんも調子を合わせた。
「けど砂浜もいいけど、岬も綺麗よ?」
「ほう」
どう見ても相性の悪い母さんとタシュア先輩だけど、今だけは絶妙だった。何かの台本でもあるみたいに、上手に会話をつなげてく。
「東向きだから、夜明けなんて最高。日の出見れるわ」
でもグレイシアの反応は、だんんだん弱くなってく。
すごく眠いときみたいに、反応しなくなってく。
「ダメ! グレイシア、ダメ……」
スタッフはみんな必死だ。何とかこの子の命を繋ごうと、必死に動いてる。
でも……間に合わない。