Episode:141
「ルーフェ、どしたの?!」
「分からない……でも、グレイシアが」
様子がおかしい。それだけは確かだ。
「グレイシア、どこか痛い?」
母さんが訊いたけど、やっぱりはっきりした答えがない。いつもだったら言葉にはならなくても何か返ってくるのに、それがなかった。
「眠いの?」
母さんが重ねて訊く。
言葉を持たないグレイシアは、声は出さない。けどやっと少しだけ、反応したのが伝わってきた。
でも、「反応しただけ」だ。何かを考えるとかじゃなくて、聞こえてきた音を認識した、っていう程度でしかない。
母さんとタシュア先輩の顔を見る。けどどっちも険しい顔だ。
つまり――そういうことだ。
元々グレイシアが罹っていた病気は、治せない類のものだ。ただそれでも、いろいろ治療すれば楽になったり長生きできて……だからこそ、ファールゾンたちはここまで無理をして連れてきた。
ただそれでも、急変するときはする。元気だったと思ったら急に高熱を出して、それっきりってことも多い。
多いのだけど……。
扉が乱暴に開けられて、スタッフたちが駆け込んでくる。
「すみません、そこを」
「あ、うん」
慌てて場所を譲ろうとして、でもあたしは動けなかった。
グレイシアが、手を離さない。
もうまともに考えられないほど朦朧としてるのに、あたしの手だけはしっかり握ってる。
「ごめんなさい、この子……離して、くれなくて」
「ではそのままで」
意外なことに、あっさりと許可が出る。あたしが居たら陣のジャマになる、ってわけでもないらしい。
母さんとタシュア先輩だけが陣から出た。持ち込まれた魔力石が、次々と陣の要所に配置されていく。
そして、開放。でも何も起きない。グレイシアの様子は変わらない。
一瞬スタッフの人たちが一斉に舌打ちでもしそうな顔になって、でも淡々と石を変え始めた。
「ファールゾンはまだなの?」
母さんが厳しい声で訊く。
「それがその、今日は他でも急変が……」
「つまり重なった、と。タイミングが悪いわ」
急に様子がおかしくなったときの対応は、一刻を争う。だから逆に言うと、一度手をつけたら一段落するまで離れられない。
それが同時に起こったら、……後から急変した人は、当然手が足りない。