Episode:136
◇Gratia
周りを人が動いている。
自分に直接触れてくる。
それがグレイシアにはとても不思議だった。
今までの僅かな経験から知るグレイシアの世界は、自分しか居ないあの硬いものの内側と、人が行ったり来たりしているその外側、というものだ。
なのに今自分が同じように外側に居るのが、少女には不思議でならない。
ただあの水の中でも、「仲間」は居た。今グレイシアが周囲に意思を伝えるよりたやすく、伝え合える相手がたくさん居たのだ。
どこかは分からない。だが互いが見たものを伝え合ううち、みんな同じような状況なのは分かった。
違うのは、似たような水の中だがすぐ隣り合っていたことだ。グレイシア以外はみんな、仲間が見える距離に居た。
「自分」と「仲間」と、それ以外。グレイシアの知る人の分類はそれだけだ。
硬くてつるつるした「世界を分けるもの」には、時々自分の姿が映る。そしてそれとよく似た仲間が、やはりよく似た世界1つに1人ずつ入っていた。
仲間とは、グレイシアはたくさん話をした。といっても言葉を知らないので、見たものや思ったことを漠然と伝え合っていただけだが。
それでもいろいろなことが分かったし、1人でないというのはグレイシアにとって大きかった。
ただいつのころからか、その仲間がだんだん少なくなっていって……最後には誰もいなくなってしまった。
だからグレイシアは、自分も居なくなるのだろうと思った。いつか急にぱったり話さなくなって、消えてしまう。それと同じように、自分も消えてしまうのだろうと。
消えてしまうとどうなるかは、グレイシアには考え付かなかった。ただ消えてしまったら、もう誰とも話せなくなるだろうとは思った。そして今もう、相手が居ないなとも思った。
ただ時々頭や身体が酷く痛かったので、それも一緒になくなるだろうとは感じた。そしてそれなら、悪くないだろうとも。
そんなことを考えながら漂っていたところに、「あの人たち」は突然現れたのだ。
1人は、不思議と安心できる人。
そしてもう1人は、仲間。自分とそっくりの、もう少し大きい人。ルーなんとかとか、グレイスとか、呼び名がたくさんあるらしい。
いちばん不思議なのは、その仲間は「世界」の外に居たことだ。1つに1人ずつ世界に入っていなくてはならないのに、それ以外の人と同じように外を動いていた。
だからグレイシアは、自分もいけると思ったのだ。
そして、出してもらった。
ただグレイシアが思っていたほど、楽なところではなかった。あの中にいたほうが、ずっと身体が軽かった。
けれどそれでも、みんなが直接触れてくるのが嬉しい。