Episode:130
先輩がちらっとあたしを見て何か言われるかと思ったけど、結局何もなかった。
甲板へ出る。
魔光灯が付けられてるから、洞窟の中は暗くは無い。でも潮風がないから、ちょっと物足りなかった。
ただ弱いグレイシアのことを思うと、この方がいいのかもしれない。
グレイシアを抱いたまま、先輩は危なげなくタラップを降りて、用意されたベッドの脇まで行った。そっとグレイシアが降ろされる。
「……」
声の無い、でも不安そうな表情。
「大丈夫、一緒に……行くから」
さっと周りのスタッフに緊張が走った。まさかあたしが同行するなんて思ってなかったんだろう。
――シュマーのグレイス。
その意味をまた思い知る。
けど今は、あたしはそれをトコトン使うつもりだった。
ここでのあたしは、間違いなく権力者だ。すごくイヤだけど、そのことは変わらない。でも逆に言うなら、あたしが望めば何でも出来る、ってことだ。
夕べ、ベッドの中でずっと考えた。
ここはシュマーの本拠地だ。だから最先端の医療が受けられる。だけど……世界で一番怖い場所だ。
同じシュマーでも、大抵の人は概ね普通だ。傭兵家業をしてるから荒っぽい人が多いけど、でもそれだけだ。あとロシュマーと呼ばれる、シュマーの下になる人たちも、そんなに問題は無い。
――いろいろ壊れるけど。
備品の損壊は、シュマーの施設全部で、いちばん頭の痛い問題だ。何しろ荒っぽいから、いろんなものがすぐ壊れて修理代がバカにならない。
ただ、壊れたものは直せば何とかなる。怪我も時々あるけど、戦地での怪我は別として、あとは大した騒ぎにはならない。人間のほうが、よほど同族殺しをする。
けど本当にごく一部、ものすごく酷い人たちが居る。グレイシアをこんな目に遭わせたのも、その人たちだ。
だいたいが、研究者に多かった。
信じられないほど頭がいいせいか、他の人のことを完全に見下してて、何をしてもいいと思ってる。そうして何かもっともらしい理由を付けて、「実験」と称してとんでもないことをするのだ。
けど処罰しきれないのが痛いところだった。
性格には問題があるけど、彼らの技術と知識はシュマーに確かに貢献してる。研究を基にして生まれた技術や薬は世界中に売られているし、シュマーの業病にも挑んでる。
だから彼らが居なくなってしまうと、治療や何かで即座に困る。実際グレイシアの治療をするのも、彼らだ。
ともかくそういうジレンマの中にあって……だからあたしがグレイシアについてるつもりだった。
シュマーの人間は、たまに例外はいるけど、通常はあたしの意志に反することは出来ない。つまりあたしがグレイシアの傍に居れば、この子におかしな真似は出来ないはずだ。