Episode:129
「着いたから降りるわよ。下にまたベッドが用意してあるから、そこまではタシュアに抱いてもらいなさいね」
ぱっとグレイシアの顔が明るくなった。タシュア先輩に抱っこしてもらえるのが嬉しいんだろう。
先輩のほうは何を言うでもなくて、ただこの子の頭を撫でている。
――クセなのかな?
数えたわけじゃないから分からないけど、タシュア先輩、しょっちゅうこの子の頭を撫でてる気がする。それも髪の毛をぐしゃぐしゃにしたり、ただ頭に手を置いたりじゃなくて、髪を整える感じで丁寧に撫でる。
何か褒めたり抱きしめたりする代わりに、撫でてる感じだった。
同時にちょっとだけ、いいなと思う。あたしの年じゃもうああいうことはやってもらえないだろうから、なんだか羨ましい。
と、母さんがあたしの顔を見た。
「やってあげよか?」
「やめて……」
こんなところで母さんに頭を撫でられたりしたら、何を言われるか分からない。
「えー、いいじゃない。撫でさせなさいよ」
なんでこう母さん、あたしのことやたらと構うんだろう?
「いいってば」
「何よケチ、減らないでしょ」
断ると拗ねるし……。
「まったく、どこの駄々っ子ですか」
「だって、ルーフェイアが撫でさせてくれないんだもの」
「私に向かって駄々をこねられても困ります」
なんかもう、母さんが口を開くとため息しか出ない。
「母さん、降りようよ」
「ん? あぁ、そうだったっけ。タシュア、その子お願い」
すっかり忘れてたくせに、あっさり先輩にグレイシアを押し付けて、母さんが歩き出す。
「母さん待って、どこへ?」
「え? だって降りるんでしょ?」
「そうだけど、まだ先輩が……」
部外者の先輩を連れてきておいて、自分だけさっさと行こうとするなんて、母さんどういう神経してるんだろう?
まぁ言って聞く人なら、苦労はしないんだろうけど……。
タシュア先輩のほうはまるで何事もなかったみたいに、そっとグレイシアを抱き上げた。
「あ、先輩、こっちに……」
「大丈夫です、迷うほど複雑な構造でもありませんので」
言いながら先輩が歩き出して、あたしは慌ててドアを開けた。
「ありがとうございます」
「あ、いえ……」
お礼を言われて、ちょっとびっくりする。