Episode:126
「ともかくほら、これ見せてあげて」
「あ、うん」
何故か母さんが私に髪飾りを手渡した。
――直接渡せばいいのに。
そう思いながら、グレイシアの目の前に差し出す。
「……どぉ?」
(――♪)
碧い瞳が嬉しそうに細められた。
「えっと……付ける?」
(つける?)
ああそうか、と思った。この子はずっと水槽の中で、服一つなかったから、なにかを身に付けるということ自体を知らない。
「えっとね、待って……」
弱いこの子を傷つけたりしないよう、そっと髪に飾る。それから洗面台から手鏡を取ってきて、グレイシアを映した。
(♪♪)
もしかして鏡が分からないんじゃないかと思ったけど、それはなかったみたいだ。きっと水槽が時々鏡みたいになるから、それで覚えたんだろう。
そのとき汽笛が鳴って、びくりとグレイシアが首をすくめた。
「あぁ大丈夫よ、船が動くだけだから。ほら、この間も聞いたでしょう?」
母さんの言葉に、グレイシアがほっとした顔になる。
「窓から海が見えるかしらね? 寝てるからダメ?」
「ダメみたい」
立ってれば窓の外を見下ろす格好で海が見えるけど、ベッドの上のグレイシアは、空しか見えないと伝えてくる。
「そう……ごめんなさいね、グレイシア。今度は見えるようにしとくわ」
母さんに頭を撫でられて、またグレイシアが嬉しそうに目を細めた。
そしてだんだんとろんとしてきて、また眠ってしまう。
「ホントに疲れてるわね、この子」
「当たり前です。第一、そうやって疲れている子を大声で起こしてどうするのです」
「そういうつもりじゃなかったんだけどー」
先輩と母さんの話を聞いてると、どっちが年上だか全く分からない。
「そういうつもりで済むのなら、殺人も言い訳で済むでしょうに」
「だれも殺人なんてしてないじゃない」
ほとんど子供の喧嘩だ。
「母さん、もうやめようよ……」
「え? あたし何もしてないわよ?」
答えを聞いているうちに、情けなくなってくる。