Episode:123
広めに作られた廊下を進む。
移動したらグレイシアに負担じゃないかと思ったけど、とりあえずは大丈夫そうだ。珍しいんだろう、周囲をきょろきょろと見回してる。
外は季節の割に暖かかった。天気も良くて、空が澄んでる。
グレイシアがあたしを見て、手を伸ばしてきた。
(あれ、なに?)
碧い瞳がまっすぐ上を見上げている。
「空。あの青いのが全部、空なの」
グレイシアの瞳が見開かれる。驚いたらしい。明確な言葉にはなってないけど、あまりの広さに呆然としてるのが伝わってくる。
考えてみればこの子は、水槽の中と水槽の天井しか知らなかったわけで……世界の広さは想像を絶するんだろう。
(あれは……?)
「雲。いろんな形があるの」
あたしたちの知る、当たり前の世界。それがこの子には、こんなにも遠かった。
「グレイス、もう行きたいんだがいいか?」
「あ、うん」
あたしとグレイシアが手をつないでしまったから、待っててくれたらしい。
ベッドがまた動いて、大型の車の後部に乗せられる。外が見えない造りで、グレイシアはちょっと不満そうだ。
この病院から港までは、そんなには遠くない。シエラからケンディクまでくらいの時間だ。だからすぐに着いて、グレイシアが船に乗せかえられる。
「あ、ほら、グレイシア、海!」
(うみ……?)
この子の視線があたしの指をたどって、また見開かれる。
青が薄青に変わった下、どこまでも広がる碧。
(ぜんぶ……?)
「うん、全部、海。広いよね……」
あたしも最初見たとき、同じことを思った。
遥かに広がる碧。どこまでも続く碧。
世界中どこにでも繋がってるって頭では分かっていても、実感がわかないほど広い。
「……だから、グレイシアを乗せたいんだが」
「あ、ごめんなさい」
どうもあたしたち、移動の邪魔ばっかりしてるみたいだ。
「ちょっと我慢してくれ」
ファールゾンが言って、グレイシアを抱き上げた。そして歩き出そうとして……よろける。
けど横からさっと手が出て、2人を支えた。