Episode:122
「用意が出来たぞ」
乱暴にドアを開けて、ファールゾンが部屋へ飛び込んできた。
「まったく。病気の子が居るんだから、もう少し静かにしなさいな」
「す、すみません」
いつも思うけど、ファールゾンはホントに母さんに弱い。
ただ理由は知らなかった。どうも昔何かあったらしいのだけど、実の姉のサリーア姉さんも教えてくれない。
母さんが立ち上がった。
「じゃ、行きましょか。数日かかるけど、まぁ仕方ないわ。――グレイシア、ベッド移るからそのつもりでね」
ふだんの母さんからは信じられないくらい、やさしく話しかける。
すぐに車輪のついた簡易ベッドが運ばれてきて、グレイシアが移された。
「母さん、魔方陣は?」
「あー、あれ使い勝手悪いから、別のものにしたわ」
言って母さんが、グレイシアが首に掛けているものを指さす。不思議な色の石だ。なんとなく魔力石に似てるけど、でも違う感じだった。
「何の……石?」
「慈悲石。見たこと無い?」
平然と母さんは言うけど、文献にしか名前が無いような珍しいもの、見たことあるわけがない。というか、うちにあったというのが驚きだ。
「ほう、これが」
タシュア先輩も見たことなかったみたいで、興味深そうに石を見てる。
「元々あんまり無いのよね。今人工的に作れないか、研究してるとこ」
「そちらの事業は勝手にやってください。全く興味ありませんので」
石に視線を注ぎながら言う先輩、取り付くしまも無い。
それにしても、こんなに便利なものがあったんだなと思う。こういう持って歩けばいいだけの石がたくさんあれば、大掛かりな魔方陣は全く必要ない。
まぁそうなると、魔方陣描く仕事をしている人が失業しちゃいそうだけど……。
ともかく石の効果はかなり強いみたいで、グレイシアはベッドを移されても平気そうだった。これならあと、船の揺れを抑えるようにしておけば、船旅でも耐えられるだろう。
そして南大陸にあるシュマーの本拠地まで着けば、もっと本格的な治療が出来る……はずだ。
と、不意に呼ばれた気がしてあたしは見回した。
グレイシアの碧い瞳が、こっちをまっすぐ見てる。
「……ごめんね」
きっと、傍についていないのが気に入らなかったんだろう。
横に立って手を握ってあげると、グレイシアが満足げな表情になった。けど、すぐに離す羽目になる。
「すまない、グレイス。移動するのに危ないから離してくれ」
「……分かったわ」
グレイシアがまた怒るかと思ったけど、何も言わなかった。いい子だから聞き分けたみたいだ。