Episode:121
(いく! うみ!)
「うん、行こうね。でも病気が治ってからかな……」
途端にこの子が不服そうな顔になった。すごく怒ってる感じだ。
「でも、けど……」
「しょーがないわよ、グレイシア」
困ってるあたしの後ろから、母さんが言う。
「だいいちベッドから起きられるようにならなきゃ、そこまで行けないわよ? ドア開けたら海ってわけじゃないんだから」
(――!)
グレイシア、そのことに初めて気がついたらしい。
(うみ……)
「大丈夫、見られるわよ。だからちゃんと周りの言うこときいて、しっかり直さないとね」
母さんの言葉にあっさりまるめこまれて、グレイシアが小さくうなずく。
聞き分けのいい子だな、と思った。
周りの言うことを年の割にちゃんと聞くし、がんばり屋だし、素直だ。きっとふつうに育ってたら、とても可愛がられてただろう。
なのに、こんな酷い目に遭わされて……。
うつむくあたしの頭を、母さんがぽんと叩いた。
「だいじょぶよ、これからはふつうの子と同じように過ごせるから」
「……うん」
そうだと思う。そうじゃなくちゃ困る。
と、グレイシアがあたしの手を強く握った。こっちに向かって話せと怒ってる。
「ごめんね」
慌ててあたしは謝った。小さいこの子には、きっと無視されたみたいに思えたはずだ。
(うみ?)
もっと話せと、グレイシアがせがんでくる。
「うん、行こうね。えっとね……たまに、貝とか落ちてるの」
(かい?)
またどう伝えようか悩む。絵本でも出したほうがいいんだろうか? けど、今すぐには出せないし……。
「貝は……綺麗なの。平たいのとか、巻いてるのとかあって、内側がきらきらしてて」
(――?)
全く伝わってない。
「んと……じゃぁ、後で持ってくるから」
(――♪)
嬉しそうな笑顔にほっとする。小さい子は、こういう顔をしてなくちゃダメだ。
でもさっき母さんが言ったとおり、これからは平気かな? と思う。
ただそのためには、この難病が治らないといけないのだけど……。