Episode:120
(うみ?)
明確な言葉ではないけど、でもあの時と同じように意思が伝わってきた。
「うん、海。青いの。見た?」
グレイシアが不思議そうな顔をする。
「えーと……外へ出たとき、見たと思うんだけど」
(そと?)
どうしよう、と思う。この子は単語とイメージや物とが結びついていないから、どうもよく伝わらない。
「その……水から出て、そのあと、すごく明るい場所に行ったでしょ?」
(――そと)
やっと認識したみたいだ。この子が見た、外の様子が伝わってくる。
「そう、そこ。で、乗った船が浮いてたのが海なんだけど……」
(――?)
今度は伝えることが出来なかった。グレイシアはずっと毛布に厳重に包まれてて、あまり外の様子を見ていない。
(うみ?)
「えーとね、すごく広いの。見えなくなる先まで広くて、青くて、全部水で……」
あんなに分かりやすいものなのに、どうしても伝えられない。一目見たらそれだけで分かるのに……。
「そしたらグレイシア、元気になったら……海で、遊ぼう?」
(!)
遊ぶ、という言葉にグレイシアが反応した。
けどそれまで黙ってたタシュア先輩が言う。
「――ルーフェイア、発想は悪くありませんが大丈夫なのですか?」
あたしはいまも、あんまり泳ぎが上手じゃない。だから先輩、心配になったんだと思う。
けど波打ち際で遊ぶくらいなら、さすがに平気なはずだ。
「あの、入らなければ……」
「なるほど。ですがあなた方2人で行くのは、あまり勧められませんね」
先輩に釘を刺された。
ここまで信用がないと、ちょっと情けなくなる。けど普段からぼーっとしてるあたしじゃ、反論できない。
グレイシアは不思議そうだった。
(……ダメ?)
数少ない語彙――って言うんだろうか――でそう訊いてくる。
「んと、ダメじゃなくて……みんなで、って」
この子の目が輝いた。
ずっと水槽の中に一人だった反動なのか、グレイシアは誰かに触れているのが好きだ。そして人がたくさん周りに居るのも好きで、だからみんなで行くのが嬉しいんだろう。