Episode:118
車が走り出す。
シュマーが新しく建てた病院は、東区と行政区の間辺りになる。この間テロのあった病院の、ちょうど反対側だ。
東区の辺りは大きい病院がなかったのもあって、地元は喜んでるらしい。この辺は本当に、抜け目がないと思う。
ただその「地元還元」がオマケっていうのが……。
トラムなんかを横目にしながら、ケンディクの町を走り抜ける。ただもう冬のせいだろう、人通りは他の季節より少なかった。
そのまま病院へついて、車が裏手へと滑り込む。
「――研究棟という触れ込みだったはずですがね」
タシュア先輩が鋭く言った言葉に、あたしは何も返せなかった。
確かにこの病院、いわゆる患者さんを診る建物だけじゃなくて、「研究棟」と呼ばれる施設が裏手にある。
ただ実際には研究じゃなくて、あたしたちシュマーの医療棟だ。研究もしてるから間違いじゃないけど、けしてそれがメインじゃない。
その一角で、車が止まる。
「こちらでございます」
ドワルディの案内で低い建物へ入って2階へ上がると、すぐのところがグレイシアの部屋だった。南側の、一番明るくて暖かい部屋を用意してくれたらしい。
少しためらって……思い切ってノックしてみる。
「どうぞ」
聞こえてきたのは意外な声だった。
「――母さん?
言いながらドアを開ける。
「何よ、あたしが居ちゃいけないみたいじゃない」
「そうは言ってないけど……」
ただ、話は確実にややこしくなったと思う。
「けど、どうしてここに?」
大体が母さん、ひとところに落ち着かない人だ。いつだって世界中を駆け回ってて、捕まえるのは容易じゃない。なのにそれが自分から居ついてるんだから、異常事態って言っていい。
けど母さんの答えは予想外だった。
「どうしてっていうか、あたしが傍に居れば、好き勝手には行かないでしょ」
「それはそうだけど……」
確かにシュマーのトップの母さんが傍にべったりくっついてたら、何か手出しなんて不可能だ。
――そこまで考え付く頭があった、ってのには驚くけど。
何でも行き当たりばったり出たとこ勝負の母さんが、こんな風にあちこち事前に手を回すなんて、滅多にない話だ。