Episode:117
けどイマドのほうは、何も気にしてないみたいだった。
「いいっての。何が食いたい? 今から仕込んどいてやるよ」
「え……ごめん、分かんない……」
あたしが料理はまったく分からないのイマドも知ってるはずなのに、なんで訊くんだろう?
だけどイマドのほうは、分かってて訊いたらしい。
「んー、リクエストあったらって思ったけど、やっぱ別にねーか。んじゃテキトーにやっとくわ」
「うん」
それにしてもイマド、また料理の腕を上げたんじゃないだろうか? 正直ここまできたらシエラなんてやめて、町でコックだってやってけると思う。
ただ彼の場合トラウマがあるから、ちょっと無理そうだけど……。
あれがいいだの、ここで売ってるだの、イマドのそんな話を聞きながら建物を抜けて、船着場への坂を降りていく。
桟橋には、もう人影があった。
「やれやれ、保護者まで同伴ですか?」
「ただの荷物持ちですって」
タシュア先輩の言葉にもまったく動じないで、イマドが平然と返す。
「甘やかしすぎでしょうに」
「んでも、俺だけ手ぶらじゃカッコつかねぇんで」
そのまま続くかな、と思ったけど、どういうわけか話はそこで終わってしまった。イマドとタシュア先輩の顔を見たけど、どっちもこれ以上言い合う気はなさそうだ。
「……行ってくるから」
「なんか作っとくわ」
短くそれだけ交わして、あたしは船の中に、イマドは元来た坂を引き返す。
後からタシュア先輩も乗り込んできて、そのあと少しして船が動き出した。
時計を見ると、待ち合わせの時間より少し早い。
たぶん船の時刻表の関係で、ひとつ早い便に乗れてしまったんだろう。けど遅れたわけじゃないから、別にいいかなと思った。
冬のせいか少しゆれる船は、でもすぐにケンディクの波止場へ付く。
「グレイス様」
いつも手際のいいドワルディが降りたところで待っていた。
「病院なんでしょう?」
「はい。行かれますか?」
「もちろん」
あたしの答えを予想してたみたいで、すぐに車が呼ばれた。
「……特定の相手にだけ、至れり尽くせりですこと」
タシュア先輩が冷たく言う。
グレイシアをあんな目に遭わせて、それなのに、って言いたいんだろうと思った。