Episode:112
「いやちょっと待ってくれ、まだ用事が」
「何です」
出て行きかけた先輩が立ち止まって振り向いた。
「えーとそのだから、さっき言ってた生体情報」
「そうでしたね」
あまり気が進まなそうだけど、でも先輩は嫌とは言わなかった。たぶん「それでグレイシアに役立つなら」って思ってくれてるんだろう。
「ですが生体情報は、ここでは取れませんからね。これ以上居ても意味がありませんから、失礼します」
「あ、待ってくれ、もうひとつ」
「まだあるのですか」
先輩がうんざりした声で返した。
「早く言って下さい。私も時間が余っているわけではありませんので」
「いやその、グレイシアが、傍に居てくれないかって……グレイスとタシュアの両方に」
思わず先輩と顔を見合わせた。
「そんなに精神的に不安定になっているのですか?」
「いや、見た目は落ち着いてる。ただやっぱり、見知った顔がないと不安らしい」
話を聞きながら、そうだろうなと思った。
あたしだって、誰も知らないところに一人は嫌だ。それがまだ小さくて具合のよくないグレイシアじゃ、なおさらだろう。
「……これから幸い冬休みですしね。当分は時間が取れますか」
タシュア先輩、行ってくれるみたいだ。でもグレイシアはすごく先輩に懐いてたから、来てくれたらとても喜ぶだろう。
「いつ行けばいいのです?」
「そっちの都合次第で構わない。ただ出来たら、ファクトリーまで来てもらえると助かる。あの子がまた不安になるだろうし」
ただ先輩が気にしたのは、少し違うところだった。
「ファクトリー? 何ですそれは」
「あの、えっと……」
考えながら説明する。
「シュマーの本拠地が、あるんですけど……そこを昔から、そう言うんです」
「ほう」
先輩のどこか面白がるような、それでて蔑むような不思議な表情が何を意味するかは、あたしには分からなかった。
「ファクトリー、ですか。まぁ順当なところでしょうね。むしろ合っているくらいですか」
なんでそう言うかは、あたしも知らない。ただ昔からそう呼ばれてた。
けど、それがとてもいけないことの気がして謝る。