Episode:110
「維持の魔法陣で構わなければ、時間をいただければ作れます」
「じゃぁお願い。人は必要なだけ誰でも使いなさい。最優先だから。あとここに2~3人残していって。じゃないとこの子に何かあったとき困るわ」
傍らのルーフェイアが感心したように、そしてどことなく誇らしげに母親を見ていた。
金の髪に碧い瞳。よく似た母娘なのに性格は正反対だ。
(そういえば、グレイシアも娘ということになりますか)
ルーフェイアの複製で双子のようなものだから、カレアナの娘と言っても差し支えないはずだ。
ただグレイシアの性格は、あまりルーフェイアに似ていないように思えた。なんと言うか――もっと気が強く感じる。
従姉だというサリーアも見かけによらず気が強かったことを思うと、大人しくてすぐに泣くルーフェイアのほうが、総領家としては異色なのだろう。
考えている間にも事は進んで、白衣の男を2人ほど残し、研究者らしき一行は出て行った。
あのラヴェルとかいう男も居ない。一緒に連れて行かれたようだ。
――居ない方がいいが。
子供をこんな目に遭わせる連中など、消えついでにこの世界からも消えたほうがいい。
ルーフェイアはグレイシアの傍から離れなかった。
互いに視線を合わせ色々な表情を見せているから、言葉を使わずに会話しているようだ。
(何を話しているのやら)
グレイシアの表情から考えるに、恐らく見たことのない世界を訊いているのだろう。幼い碧の瞳が好奇心に輝いている。
(気の毒に……)
本当ならその好奇心のままに駆け回り、大人を振り回しているはずだ。
なのに、そんな些細な楽しみさえ、奪われてしまった。
心の奥底にずっとある、冷たい怒り。
根源を辿れば、個人的なことだ。だがそれは同時にグレイシアと、そして他の子供とも通じるものがある。
――許さない。
その思いだけは、変えることができない。変える必要もない。
今は、グレイシアの治療が先だ。他のことは後回しでもいいだろう。
それに曲がりなりにもグレイシアを育ててきたあの研究者は、彼女のことに当然ながら詳しい。その協力なくしては、進まない治療もあるかもしれない。
だが、事が片付いたら。
そう思うタシュアに、のんびりした声がかかった。
「何考えてるんだか知らないけど、後にしてね。あとそれから、この子の前であんまり考えるもんじゃないわ。読まれるわよ」
「……」
カレアナの言葉には答えず、グレイシアの頭を撫でる。
無邪気な笑顔。
「大丈夫ですよ……」
それだけ言って、タシュアは少女の頭を撫で続けた。