Episode:108
「もうだいじょぶよー、すぐ気持ち良くなるから」
カレアナは持って来られたお湯にタオルを浸し、手際良くグレイシアの身体を拭き始めた。
「まったくダメじゃない、こうしてあげなきゃ身体がすぐ痒くなっちゃうでしょ」
「年を重ねたあなたと違って、子育ての経験がありませんので」
「あらなんだ、まだ子供いないの」
意味不明の答えが返ってくる。
「しょうがないわねぇ、最近の若い子は。子供はいいわよー」
「子供がいいのは否定しませんが、まだその気はありませんので」
「あらそうなの。まぁシルファが可哀想か」
何やらよく分からない理由で勝手に納得したようだ。
(だいいち、何故急にシルファが出てくるのやら……)
そもそも産む産まないを決めるのはシルファだろう。女性の場合文字通り命懸けなのだから、決める権利も女性にあるはずだ。
何より彼女にその気がないなら、無理強いなど出来るわけもない。それを「可哀想」というのは、全く理解できなかった。
カレアナのほうは、こちらの思いなど気にした様子は無い。
(考えるだけ無駄ですか)
だいたいが彼女の場合、深く考えていないことが殆どだ。真っ当に相手をするだけ馬鹿らしいとも言えた。
なので、違う質問をする。
「この子をこれからどうするのです?」
「連れてくわよ、治療できるとこに。――あぁ、そういうこと。大丈夫、あたしとサリーアで監視するから」
カレアナが請け合った。
「それで何とかなるとも思えませんがね。だいいちこの状況、要するにあなた方の監視不十分が、引き起こしたことですし」
「まぁ、それ言われるとそうなんだけど」
こちらが指摘した事実に、平然と返してくる。よほど神経が太いのか、そもそも感じていないのか。
カレアナは続けた。
「ホント、あなたが見つけてくれて助かったわ。ずっと追いかけてたんだけど、どうも尻尾掴めなくてね」
「ただの一学生が掴むような尻尾を掴めないとは、シュマーは子供の集団ですか? まぁあの倫理観は子供以下ですから、間違っていないのかもしれませんが」
言いたいことは山ほどある。
だがさらに言おうとしたタシュアを、カレアナは遮った。
「タシュア、今は止めましょ。この子の前だから」
「――分かりました」
見ればグレイシアが、どことなく不安げな表情をしている。目の間でシビアなやり取りが始まって、怯えてしまったのかもしれない。