Episode:105
もっとも彼が仮に先祖返りか何かだとしても、何が変わるわけでもないが。
グレイシアは落ち着いていた。まだ少し呼吸が速い気がするが、辛くはなさそうだ。髪も乾いてきた。
(これなら大丈夫ですか)
あとは一刻も早く治療を始めるだけだ。
ルーフェイアが心配そうな顔で隣へ来、グレイシアに手を伸ばす。
「ごめんね……」
自分と同じ色の髪を撫でながら後輩が謝った。
「ですから――」
つい言いかけて口をつぐむ。自分の言うことが間違ってるとは思わないが、言えばグレイシアが気にして怒るだろう。
「ごめん……」
ルーフェイアの碧い瞳からこぼれた涙に、グレイシアが不思議そうな顔をする。
細い腕が伸びた。
ずっと水の中に居たために、全く筋肉の付いていない腕。
同じ年頃の子なら外を駆け回って、もっと身体がしっかりとしているはずだ。けれどこの子の腕と足では、とても身体を支えられないだろう。おそらく現時点では、立つことも這うことも出来ないに違いない。
グレイシアの小さな手が、ルーフェイアの涙に触れた。
不思議そうな色をたたえた瞳が、姉と涙とを交互に見る。
ルーフェイアが弾かれたように顔を上げた。
「許して、くれるの……?」
グレイシアの微笑み。
真似をしたのだろうか? かすかに唇が動いたが、言葉は出なかった。
そして申し訳なさそうな、けれど嬉しそうな、複雑な表情のルーフェイアが頷く。
「何と?」
「ひとりじゃないから、って。触れるから、って」
「そうですか……」
思えばグレイシアは、ずっと全てがガラス越しだったのだ。誰とも触れ合うことなく数年間、隔てられた「向こう側の世界」を見ながら過ごしてきた。
その向こう側へ今連れてこられて直接触れ合って、それだけで喜んでいるのだろう。
周囲は相変わらず慌ただしい。
「今後はどうするのです?」
例のファールゾンが傍へ来た時に、タシュアは捕まえて聞いてみた。
「このままここで治療を?」
「無理だな」
彼が即答する。