Episode:102
「た、タシュア、そこじゃダメだ――うわっ」
後ろで何やら大きな金属音と、重いものが落ちる音がした。
よほど驚いたのだろう。腕の中でグレイシアが、びくりと身体をすくめる。
「グレイシアを驚かさないでください。だいいち梯子くらい、何も飛び降りなくてもいいでしょうに。ここは運動神経の良さを、披露する場ではありませんよ?」
「落ちたんだ!」
どうも何とか水槽の縁は乗り越えたものの、上手く梯子に移れなくて転落したらしい。
ついでに首の骨でも折れば良かったと思うのだが、世の中はなかなか上手くいかないものだ。
「落ちたのか降りたのかは知りませんが、大きな声を出さないでください。この子が怯えます」
ファールゾンを一旦黙らせ、先程のことを訊く。
「それで、ここではダメとはどういうことです?」
「そこは魔法陣がないだろう。すぐ移さないと弱るぞ」
立ち上がりながら彼が言う。
「了解です。ですがどこへ?」
さすがにこの件で、何か言おうとは思わなかった。なにしろ一刻を争う。
「どこへって……しまった、まだ訊いてなかったな。おい、そこのお前!」
「だからラヴェルだと言ってるだろう!」
「うるさい、名前なんかこの際どうでもいいんだ。この子を入れる魔法陣はどこだ」
こんないい加減な言い方で通じるのかとも思ったが、グレイシアを生み出した研究者には通じたようだ。要するに同類ということなのかもしれない。
「維持用なら、こっちだ」
「使えるのか?」
「陣はあるが、魔力が……」
詳しくは分からないが、不完全らしい。
と、ルーフェイアが歩み出た。
「魔力が、足りないの?」
「え、あ、はい。だいぶ古いので……」
話を聞いたルーフェイアは、何か納得したように一人で頷いた。
「魔力、なんとか……できるかも。場所はどこ?」
「え? あ、こちらです!」
慌ててルーフェイアを案内する研究者に、タシュアもついていった。使えるようになったら、すぐグレイシアを入れてやった方がいい。
(それにしても、無計画ですね)
そんなことを思う。
維持用の魔法陣が必要になるのは、最初から分かっていたことだ。ならばなぜ、先に確認しておかないのか。
幸いグレイシアの容体が落ち着いているから良かったが、このタイミングで何かあったら、確実にこの子は死んでしまう。それを忘れて手順を間違えるなど、それこそあいた口がふさがらない。