Episode:101
「今だけですから」
グレイシアに言い聞かせ、寝かせる。
「そちらを」
頭側の取っ手を持ち、反対側をファールゾンに持たせ、タシュアは腰の高さまで一回持ちあげた。このほうが、引っ張り上げる距離が短くて済む。
「上げて下さい」
タシュアの言葉に、担架に結わえつけられた綱が引っ張られ始めた。
「お前たち、ゆっくり上げてくれよ。あと傾けるな」
「分かってます」
下からはタシュアたちが支え、上からは綱で引っ張られ、じき担架はタシュアたちの頭より高くなった。
「離しますよ」
「大丈夫です!」
タシュアの言葉に、しっかりした声が返ってきた。
そっと手を離す。
最後、縁までの僅かな高さをゆっくりと担架は上がり、梯子の上で待ち構えていた男たちが取っ手をがっちりと掴んだ。
不安定な担架からすぐにグレイシアが下ろされ、一人の男がしっかりと抱いたまま梯子から降りる。
「私たちも行きますか」
入ってきたときと同じようにタシュアは跳んで水槽の縁に手をかけ、常人離れした腕力で楽々と身体を引き上げた。
「ま、待ってくれ。僕はどうすりゃ」
「ご自分で考えて下さい。頭はよろしいのでしょう?」
そこまで面倒などみていられない。
軽々と縁を超えて飛び降り、タシュアはグレイシアの傍に歩み寄った。
「具合はどうですか?」
少女がタシュアのほうを向き、何か必死に視線で訴える。
と、隣へ来たルーフェイアが言った。
「あの……先輩が、いいって」
「やはりそうですか」
僅かなしぐさと視線から恐らくそうとは思っていたが、間違いなかったようだ。
「私が抱きます」
白衣の男に言ってグレイシアを再度抱くと、安心しきった顔になった。
(ずいぶん懐かれましたねぇ)
何故行きずりに近い自分にこうも懐くのか、理由が分からない。ただこれでこの子の気持ちが落ち着くのなら、抱くことくらいタシュアは構わなかった。
本人に一切非は無い。だが結果的に虐待を受けたのと同じ有様で、特に身体は疲れ切った状態だ。今はともかく安心させて、心因的な要素を取り除くのが重要だろう。
それが抱くことで出来るなら、安いものだった。