Episode:100
「待ってろ、これじゃ寒いからな」
だが両手がふさがっているために、彼女を上手に包むことが出来ない。
「まったく……靴をください」
言って清浄靴を出してもらい、タシュアは僅かな助走で大きく跳んで水槽の縁に手をかけると、鮮やかに乗り越えた。
柔らかく中へ飛び降りる。
「貸して下さい」
毛布を受け取って広げて、ファールゾンに声をかけた。
「グレイシアをここへ」
「あ、ああ」
少女がタシュアの広げた毛布の中へ、そっと下ろされる。
「もう大丈夫ですからね」
言ってグレイシアを毛布で包んでやり、抱きしめた。
小さくうなずいて、少女がタシュアに身を寄せてくる。
「誰か、担架を。このままでは出せません」
「了解です」
バタバタと白衣の男たちが駆け出して行った。
グレイシアは少し呼吸が早い気がするが、それ以外は問題なさそうだった。毛布に包まったまま、視線をあちこちにやっている。いつもと違って見える部屋が珍しいのだろう。
「寒くありませんか?」
タシュアの問いかけに、少女が少し首をかしげた。意味が通じていないようだ。
「そういえばあなたは、今まで寒い思いをしたことがありませんでしたね。ともかく、何か不都合があったら何でも言って下さい。何とかしますから」
じっとタシュアを見つめていたグレイシアが、小さくうなずく。困っていることを伝えれば助けてもらえることだけは、理解できたのだろう。
今はそれで十分だ。
やがて担架が運ばれてきた。
「四隅にロープを付けて、この中へ吊り下げてもらえますか? この子を載せます」
水槽の壁は高い。とてもではないが、弱ったこの子を抱えて出るのは無理だ。
担架が下ろされてくる。
「呆けていないで、受け取ってください。私が手が空いていないのが、見て分かりませんか?」
「え? あ、そうか」
言われて初めてファールゾンが動いた。本当に研究以外は、全く役に立たない男だ。
「そちら側を持ったまま――いえ、もっと低く」
まだ濡れている水槽の床につけないよう、だがあまり急な角度がつかないように担架を調整させて、そっとグレイシアを下ろす。
離れるのが嫌だったのか、下ろす時に少しだけ少女が眉根を寄せた。ルーフェイアに似て甘えん坊らしい。