Episode:01
◇Rufeir
「ああグレイス、ちょうどよかった」
「――その呼び方、ここではやめて」
頭が痛くなる。
さっきまで寮に居たのだけれど……「人が尋ねて来ている」と連絡があって、あたしは慌てて玄関まで行った。そして待っていたのが、よりによってファールゾンだったのだ。
シュマーの技術集団の、事実上のトップ。専門は医療だけど、ずば抜けた頭脳で他の分野もこなす。
ただ、かなり性格に難在りだ。
「君を名前で呼んでいいのか? おかしな感じだな」
「じゃなくて、“グレイス”をやめて」
彼はけして悪い人間じゃないけど、時と場所を一切わきまえない。だから何とか早く追い返さないと、どんなトラブルが起こるか分からなかった。実際前に来たときも、見事にトラブルを起こしている。
「それでいったい何の用? わざわざここまで、採血でもしに?」
「それもあるんだが……この学院に、タシュア=リュウローンという青年がいるだろう?」
「……え?」
思ってもみなかった言葉がファールゾンの口から飛び出して、一瞬思考停止する。
ただ当の本人はそれに気づかず、お構いなしに話を進めた。
「彼に会わせてもらえないか? 組織サンプルが欲しいんだ」
「――なっ、なにをいきなり、言い出すのよ!」
彼の非常識は今に始まったことじゃないけど、これはあまりにも度が外れている。
けど当のファールゾンは、あたしが絶句していることにさえ気づかないみたいだった。
「いや、前にほら、問い合わせをしてきたろう? その時の結果を思い出してね。確か彼は、かのジェイル博士の作品だったと思うんだが」
「作品、じゃないでしょう!」
ファールゾンと話してると、何もかも一つ一つが疲れる。
「そうか? ともかくあのジェイル博士の研究は、どれも素晴らしいんだ。だからタシュアの生体情報を……」
「だめよ!」
思わず声が荒くなる。
「なぜだい? 別になにかしようってわけじゃない。採血させてもらうだけだ。別に、たいしたことじゃないだろう?」
「そういう問題じゃないわ!」
用もないのに組織のサンプルを取られた上に、生体情報を解析されるなんて、普通の人間だったら許せないに決まっている。
それになにより、こういった話をタシュア先輩にはしたくなかった。