解釈違いで王太子選考会に出された結果
王都からの帰り道、馬車の窓に映る自分の顔は、七年前と少しも変わっていない気がした。
私は過去に小説を書いてた女オタクだ。
小説といってもハードボイルドも書くし、学園ものも書いていたし、ドロドロ恋愛系も書いていた。
乙女系ももちろん書いていたけど、定型テンプレである逆ハーレムは要素として入れても、自分の中の正規ルートはボーイミーツガール純愛が幼馴染純愛系で大体まとまっていた。
つまり、私の理想は一夫一妻の純愛である。
転生先の世界では、いわゆるなーろっぱ的な西洋で、王族はたまに一夫多妻を超えて後宮を作っていた。
逆ハーレムがやりたい人はどんなところでもオタサーの姫をやるのだろうが、私は前世喪女だし、悪役令嬢みたいに人を騙して利益を得ることは大嫌いな人間だった。
善良な人間を貶めて利益を貪ろうとする人間が大嫌いな性質だったし、自分の立場をわかっているのでキラキラ丸の内OLなんか目指さなかった。あそこは顔採用だ。
あの日、王命で王太子妃選考に出ろと告げられたときも、きっとこんな顔をしていたのだろう。
本当は、出るはずではなかった。
父は丁重に辞退の書状を出した。
「娘はまだ若く、家の事情もございます」と。
けれど返ってきたのは、国璽の押された命令書だった。
──王命により出仕せよ。
断れるはずがない。
「王子様と結婚させてあげるわよ」
とうとう、なぜか王妃の花押つきで手紙が届くまでになった。
王妃様と私がそれまで懇意にしていた記憶は全くない。
今思えばこれが偽造した手紙だとわかるのだが、王宮と連絡係のメイドが手渡してきたのもあり、不思議だと思いつつも行かざるを得なかった。
(私のとっての「王子」はレオンなのに…)
他の人は特に好きになることはなかったし、婚約者がいるならもう会うこともないのだろうと思っていた。
七年前、幼なじみのレオンに婚約者がいることがわかり、私は泣いた。
泣いたけど、その間他の人を誰も好きにならなかった。
そんな折、準備もなく王太子妃選考に出るよう言われた。
「私が…ですか?」
家庭教師曰く、私のマナーは赤点のはず。
だが父が二度断ったにもかかわらず、なぜか王命だと言われたそうで断れなかったらしい。
「どういっても私って貴族っぽくないですよ…パンを作る方が得意ですし…」
「仕方ないさ。王家の決めることだ」
父はそう言ったが、私は気が晴れなかったが、さすがに三度目の打診を断ると不敬にあたる。無理やり連れて行かれた。
なんでも、父親同士の事業提携もあるとかないとからしい。
どう見てもメガネに地味なドレス、引っ詰めた頭の行き遅れが行っていい選考会ではない。
だがレオンは王宮内で働いている軍人だ。
王太子妃選考で敗れたとしても、大体こういうのはサプライズで王子様というテイでレオンが最終日に来るなんでのもありうる。
選考期間の間は針の筵だった。
まだ社交デビューもしていないのに、無理やり出されたので受かるはずもないと思っていたし、何より他の令嬢たちからのいじめが始まったのだ。
田舎から出てきた、社交デビューもしていない私なんか学校の的だっただろう。
王子様の顔は見たことがないが、顔から下は見たことがある。
身長180はありそうな、いかにもキラキラ王子様という体型だ。
いかにも絵に描いたような「王子様」だが、地味な髪の色に私の筋骨たくましい体型は王子と並んで歩いていいものではない。
選考は、最初から結果が決まっていた。
王子は、私にだけ明らかに冷たかったというか、そもそも話をしたことがない。
何が好きかも知らないし、他の本命の人がいるくらいの噂は聞いていた。
自分も立場を弁えるくらいの分別があるので、この場にいること自体が弁えていないのはよくわかっている。
なんで教育期間もそこそこに王太子妃選考に出なければいけない? という疑問の方が大きかった。
王子様を観察していると、どこかの女性と別の離宮で過ごしているらしく、私はほぼ会うことがない。
挨拶をしても、視線は他の令嬢へ。
舞踏の順番も、私だけ最後。
意見を求められても、返るのは短い相槌だけ。
周囲は皆、気づいていた。
「出来レースですわね」
囁きが耳に入る。
そして何より、こちらの方が主目的なのであろうーー
ニヤニヤとした女官と王子妃でほぼ確定している筆頭令嬢による毎日のいじめフルコース。
時に間違ったマナーが広められても、王宮という名前の密室ではそれが良しとされ、私は特に意味もなく鞭で折檻された。
その時のご令嬢と女官たちはもう、性的にイッちゃってるみたいな顔をしててやばかった。
(うわ、サイコパスだ)
不自然に呼び出されたどう見ても王太子の隣に似つかわしくない自分とこの、性的サディズム令嬢たち。
私ですら気づくマナー違反すら時にあったが、「俺たちがよければそれでいいんだよ!」と言わんばかりに殴る蹴るの暴行をされた。
逆に私は思ったーーこんないじめがまかり通る王宮は、そのうち崩壊するだろう。
王宮には彼女たちが殺したであろう小動物の遺体がたまに転がっていたが、メイドたちが嫌な顔でそれを片付けていたのを思います。
王太子妃マナー教育という名前の折檻。
けれど私は最後まで頭を下げ、微笑みを崩さなかった。
家の名のために。
王太子妃選考が始まってから数ヶ月して、私はレオンのことを思い出していた。
王太子妃選考が始まってからは口をきいてはいけなかったらしく、レオンは近くを通っても何も答えなかった。
(レオン……まだ婚約しているのかしら)
おしゃべり雀の女官たちがこれ見よがしに、「レオン様は婚約者がいるのよねー!」「レオン様は女癖が〜」と大きな声で叫んでいった。
レオンは軍人なので、そこそこガタイがいい。
だから私と見た目で釣り合わない華奢でモデル体型の王太子様よりも、多分いいだろうし、自分にとっての王子様はレオンだ。
だが不思議なことにレオンはその頃誰も伴っていなかった。
選考が進んでいくと、なんと閨教育というテイで、私だけ別室に呼ばれた。
「はーい、それじゃあこれから、実際の閨実習をしてもらいまーす」
あ!あれあれあれ、私はこの手の漫画を前世で見たことがあるぞ。
男女ペアになって都合よくやってしまうやつだ。
その部屋にはなんと男娼が呼ばれていた。
色の黒いのから色の白いの、筋肉質からモデル体型までなんでも揃っている。
前世でいわゆるゴージャス某姉妹が引き連れていたグッドルッキンガイというやつだ。
「でも王太子妃教育なのにこんなことしたら、それこそ傷物にならないんですか?」
「いいえ、皆さんやってますから…」
女官から、例のお決まりのセリフが帰ってきた。
いやいや、普通の令嬢がこんなんやるわけねえだろ!と思って
「帰ります!」と言って部屋を出ようとしたが、突然私は足がふらついてしまう。
(ーーー午後のお茶会で睡眠薬が…?)
私はそのままベットに運ばれたみたいで気を失った。
***
目を覚ましたら自分の割り当てられた寝室だった。
後から他の令嬢に聞いたら、その人たちはちゃんと座学の閨教育を受けただけらしい。
「あらー男を寝室に呼び込む令嬢!」
ほかの令嬢がこれ見よがしに言ってきたけど、こいつは何人も宮廷内の男を入れ食いしているらしい。
本物の阿婆擦れが彼氏いない歴=年齢の私に嫉妬して仕組んだらしかった。
「こんな傷物じゃあもう王太子選考は無理ね。はいご苦労様でした」
私は王宮をポンと追い出されたけど、逆にこれでレオンをほんのりと考えるだけの日常に戻れるのだと思った。
最終日に食事会があったらしいけど、参加は自由だった。
「王子様が来るらしいけど、いいの?」
「あんないじめで傷物にされたのよ。行けるわけがない。未婚の母にすらされようとしていたからね」
王族の王子様は、もうお相手が決まっているだろうし、傷物の私が行けば好奇の目に晒されて場が白けるだろう。
ただ、もしその場にレオンが来ていたらという淡い期待があった。
だが、もしも男娼と同じ部屋に閉じ込められたことが知れていたらと思えば淑女の恥だ。
それにレオンはまた街に来ることもあるだろう。
王宮の外でならきっと会えるはず。
(レオンが未婚なら…の話だけど。レオンには婚約者がいるって噂、結局本物だったのかしら…)
最後までよくわからないままだったが、他の令嬢たちは誰もレオンのことは教えてくれなかった。
あの日の花押つきの王妃様からの手紙は、筆頭令嬢が偽造したものらしかった。
王太子の話も結局いじめの偽呼び出しをくらっただけで特に落選に関してダメージはないのだけれど、この手の話にありがちな「王太子選考には敗れたけどびっくりサプライズでなんと昔好きだった人が〜」的なのを期待していた。
でもレオンは【既婚者】なのだと周りが言ってたから…
それなら行く意味がないのだわ。
自分にとっての王子様はレオンなのだから。
そして今日、正式に落選が告げられた。
と同時に、
ほっとした気持ちが、ほんの少しあった。
これで終わる、と。
──帰れば、レオンがいる。
そう思っていた。
馬車が故郷の街に入る。
見慣れた石畳。懐かしい香り。
けれど、屋敷に着く前に異変に気づいた。
通りに白い花が飾られている。
鐘が鳴っている。
祝福の鐘。
嫌な予感がした。
御者に尋ねると、彼は少し言いづらそうに答えた。
「本日、レオン様のご結婚式でございます」
世界が、音を失った。
「……誰と?」
「隣国の伯爵令嬢様と」
それも、私が王太子教育に入る前には独身で、これがスピード婚だったという。
七年。
七年、私は彼を想っていた。
王命に逆らえず都へ行き、冷たくあしらわれ、出来レースで落とされ、それでも帰れば──
帰れば、変わらずにいてくれると思っていた。
愚かだ。
彼が私を待つ理由など、どこにもなかったのに。
馬車を降りず、私はそのまま窓越しに教会を見た。
扉が開く。
花びらが舞う。
白いドレスの花嫁の隣に立つ彼は、七年前と同じ笑顔をしていた。
ただし、その隣にいるのは、私ではない。
胸が痛い。
けれど涙は出なかった。
私はようやく理解したのだ。
王太子殿下に冷たくされたことよりも、出来レースで弾かれたことよりも、
一番つらいのは──
「間に合わなかった」こと。
私は静かに御者に告げた。
「屋敷へ戻りましょう」
これからどうするかは、まだ決めていない。
王太子妃にはなれなかった。
幼なじみの花嫁にもなれなかった。
偽の王妃の手紙を渡してきたメイドが一番の犯人でした




