お姫様、脱出。
私がこの世界でのスタートを切ってから、早くも一週間が経ちました。マイルスから貰った通信が出来るという不思議な石をノワールちゃんが吞み込んでしまったので、私は気持ちを切り替えて別の方法を探っていました。
マイルスは世界代理会議が終わる頃に迎えに行くと言ってましたが、本当に来てくれるのか、来れたとしてもどうやってくるのか分かりません。信用していないわけじゃないですけど、やっぱり自分の道は自分で切り開くのが一番です。・・・いえ、自分とママの道ですね。
「姫様、朝ですよ。ほら、ぬいぐるみは置いて着替えましょうね」
ミルフィにお気に入りのぬいぐるみを取り上げられ、白のレースが裾についた黒いドレスに着替えさせられます。
「にゃー」
「おはようございます。ノワールちゃん」
着替え終えた頃に、ノワールちゃんが布団の中から出てきます。ここまではこの一週間のいつもの朝の流れです。
「姫様。今日で世界代理会議が終わります。・・・女王様・・・姫様のお母様も暇ができるかもしれません。よろしければ、会いに行きませんか?」
ここはいつもとは違う流れです。正直、最初ほど会いたいとは思ってません。お母様とか言われてもピンときませんし。それに、あの人はすぐに会いに来ると言っておきながら一週間も会いに来てません。
前世ならあり得ませんよ。ママと一週間も会わないなんて・・・。とにかく、例え血が繋がっていてもあの人を母親だとは思えません。
「姫様? 会いたくありませんか?」
ですが、この機会を逃すわけにはいきませんよね。世界代理会議とやらで、他国の人達が出入りしているこの時期を逃せば、もうこの国から出られないかもしれないです。ミルフィやお友達のコンテが私に「立派な女王になる」とか「女王になったら~」とか言ってました。わたしは女王なんかになりたくありません。
「会いに行きましょう」
この国から脱出する為に。
「はい! きっと女王様も会いたがっていますからね!」
・・・そうは思えませんけどね。
いつものようにミルフィが運んできた朝ご飯を食べて、いつものようにミルフィに髪を梳かれます。ですが、いつものようにコンテを招くことはしません。昨日、明日は来ないように言いましたし、こっそりとお別れもしました。寂しがっていましたが、仕方ないことです。
「さ! 姫様! 昼食の時間です! 行きましょう!」
どうやら、女王様と昼食を一緒にするらしいです。その前に何とかしてミルフィから逃げ出して、何とかしてこの国から脱出して、何とかしてエルフの集落に行かなきゃいけないです。無計画にも程がありますけど、しょうがないです。ここでほぼ軟禁状態だった私には得られる情報が少なすぎるんです。
「ちょっと待ってください。今準備をします」
「え? 準備って何を・・・」
ランドセルを手に取り、その中でうずくまっていたノワールちゃんを退けて、考えます。
持っていける物には限りがあります。さて、何を持ちだすべきでしょう? このランドセルに入るサイズで、大切なもの。これからどんな道を歩むことになるか分からない以上、厳選した最低限の持ち物で、役立つ物がいいですね。
「よいしょっ」
「フフッ、そのぬいぐるみをそんなに気に入って頂けて、私ミルフィは幸せです!」
お気に入りの白兎のぬいぐるみをランドセルに詰めて、ノワールちゃんを抱っこしして出発です。
「世界代理会議で集まっていた方々はもうお城を出られたそうです。なので、女王様がお待ちのお城のダイニングルームに向かうくらいならそれほど警戒する必要はないのですが、念の為に地下通路を利用させていただきますね」
お城に着く前に逃げ出そうと思ったんですが、そう簡単にはいかなそうですね・・・。短い間隔で電灯が付いているのでそこそこ明るいですが、あんまり好きな雰囲気ではありません。湿気が凄くてミルフィの髪の先端がクルッと曲がってます。
「この通路は真っ直ぐお城に繋がってるんですか?」
「そうですよ。何の為の通路かは分かりませんけれど、こういう時に便利ですよね」
むぅ・・・厳しいですね。マンホールがあるのでそこから抜け出せそうではありますが、どこに繋がってるか分からないですし、そもそも下水道は衛生的に良くないです。万が一感染症にでもなったら大変です。この身体に免疫力があるとも思えません。
「姫様・・・何だか今日は大人しいですね? 緊張しているのですか?」
「そう・・・かもしれないです」
「フフッ、大丈夫ですよ。女王様は――――」
ガコン!
さっき通り過ぎたマンホールの方から物音がしました。
私が振り向くよりも早く、ミルフィが私の前に出てマンホールに向かって戦闘態勢を取ります。私が抱いているノワールちゃんもソワソワし始めました。
ガコッ
マンホールが揺れます。ビクッと体を跳ねさせる私に、ミルフィが優しく声をかけてくれます。
「姫様、大丈夫です。私がいますから」
ミルフィは心配してくれてますが、私は別の心配をしてます。
・・・もしかして、マイルスじゃないですか? 私を迎えに行くって言ってましたし、タイミング的にもそうとしか思えません。まさか下水道を通って来たんですか!?
ガコン!!!
マンホールが飛び跳ねました。天井にぶつかり、床にガランガランと落ちます。そして、下水道に繋がっているであろう穴の中からにゅるっと誰かの手が出てきました。
「何者ですかっ!!」
ミルフィがそう問い掛けると、出てきた手はビクッと反応して、勢い良く全身が現れました。やっぱりマイルスです。ポケットがたくさん付いた黒い長袖に長ズボンの服を着て、綺麗な金髪は汚れて薄茶色になっていますが、私と一緒のあの碧眼は間違いなくマイルスです。
「マジかよ・・・何でこんなとこにいるんだよ。ツイてねーなぁ。・・・いや、こっから何処かに行く途中だったんだとしたら、逆に運が良かったのかもな。俺、ツイてるぜ!」
「人間・・・? 精神魔法の使い手の少年? ・・・分かっているとは思いますが、ここは人間が立ち入っていいような場所ではありません。どのような要件で侵入したのですか? 理由に関わらず処分します」
「こわっ! せめて理由によっては検討しろよ! ・・・まぁ、どっちにしろ処分されそうな理由だけど」
マイルスはニヤッと笑って、私を見ました。
「俺は、そちらにいらっしゃるお姫様を迎えに来たのさ!」
「マイルスにお姫様とか言われたくありません」
「え、それって友達でいたいからとかそういう―――」
「人間! その汚い口で姫様に気安く話しかけるな!!」
ミルフィがその場から跳躍して、マイルスに向かってかかと落としを繰り出しました。マイルスは咄嗟に腕を交差して受け止めます。
カキィィン!!
とても足と腕がぶつかったとは思えない音が地下通路に鳴り響きます。
「人間・・・服の中に何か仕込んでる? 獣王国に入国する際に武器等は一通り検査して預からせているハズだけど?」
「へ、へへッ。長い間鎖国気味で平和ボケしてる獣王国の手荷物検査なんて、クイニーアマンより甘かったぜ!」
それは甘すぎですね。お茶無しでは食べられません。
「つっても・・・さすが獣王国の騎士団長だけある。生身で相手するのは不味いな。塩を入れ忘れたパン生地くらい不味いぜ」
それは不味いですね。もはや味がしないレベルです。・・・って、そんなこと考えてる場合じゃないです! この隙に逃げましょう!
「ノワールちゃん、行きますよっ」
ノワールちゃんを抱いて、激しい攻防を繰り広げているマイルスとミルフィの横をこっそり通過します。
・・・ありがとうございます。マイルス。お陰でミルフィから逃げれそうです。
「姫様! どこに向かわれるのですか!?」
ドガッ
「うわっ! クソッ、本当に兎獣人かよ! カンガルーくらいの脚力だぞ!完全に壁に嵌った!」
マイルスが壁にめり込むほどの威力で蹴り飛ばされ、ミルフィが声が裏返るほど血相を変えて私の方へ跳んできます。
・・・なるほど、こういう時の為にミルフィのメイド服はスカートではなく短パンなんですね。納得です。スカートならパンツが丸見えでした。
「姫様っ!」
さすがのミルフィでも空中で急な方向転換は出来ません。それも後ろ方向なら尚更です。私は軽く後ろへステップをいれて、ミルフィの足元を潜るようにしてミルフィの手を躱します。
「姫様! どうして逃げるのですか!」
「・・・質問に質問で返しますけど、ミルフィはどうして私を捕まえようとするんですか?」
「それは・・・姫様は女王様の大事な一人娘で次期女王です。それに黒猫獣人はとても神聖な存在で・・・」
「そんなもの、私には関係ありません」
「関係無くありません! それが姫様のお立場なのですから!」
ミルフィは泣きそうな顔で再び私に向かって跳躍します。
「ノエル! 避けろ!」
「にゃー!」
言われなくても避けるつもりでしたけど、その前にノワールちゃんが私の腕から抜け出しました。そして、軽やかにミルフィの背に飛び乗り・・・。
ズゥン!!
「ふぐぅ!」
ミルフィは地に伏しました。まるで、背中に乗っているノワールちゃんが途轍もなく重たくなったようです。どういうことでしょう? 私が持っている褒美の【重力操作】みたいですけど・・・。
「なっ!? え!? ノワール様!? どういうことですか!? ・・・と、とにかく、どいて・・・ください!」
「んにゃ」
ノワールちゃんは首を縦に振ったあと、私を見て「にゃにゃ!」と鳴きます。まるで「ココは任せて先に行って!」とでも言わんばかりの雰囲気です。
「ふぅ・・・やっと抜け出せた。ノエル! 黒猫の言う通りだ! ここは任せて俺達は行くぞ!」
壁から抜け出したマイルスが私に手を差し伸べます。
「マイルスはノワールちゃんの言葉が分かるんですか?」
「あの黒猫が吞み込んだ魔石のお陰である程度はな! それよりも早く行くぞ!」
「いえ、待ってください」
「は!?」
「しっかりと、ケジメをつけたいんです」
私は今も尚ノワールちゃんに抑えられているミルフィのもとまでゆっくりと歩きます。
「うぐぅ・・・。姫様。どうしてですか! どうして私から逃げ出そうとするんですか!」
悔しそうに眉に力を入れて涙を流すミルフィを見下ろして、私は少し心が痛むのを感じながら、でも、迷いなど無く答えます。
「この世界で必ず成し遂げたいことがあるんです」
「それはっ、獣王国ではダメなんですか!女王様は・・・ショコラ様のお母様はこの獣王国にいらっしゃるんですよ! お母様と離れ離れになってでも成し遂げたいことなんですか!」
「そうです」
世界一のパン屋さん。これはママとの約束です。唯一の約束で、繋がりです。
「それに、女王様・・・あの人を母親だとは思ってません」
「そんな・・・」
ミルフィが絶望に染まったような顔をしますが、しょうがないです。だって、あの人とはまだ碌に会話もしてません。その点、ミルフィの方がまだ・・・いえ、何でもないです。
「姫様・・・姫様にとってはたった7日間かもしれません。でも、私達は・・・女王様は・・・7年間もの間姫様を想って過ごしていたんです! そして、やっと・・・これから親子の時間を過ごせるように・・・女王様はこの先のお城で姫様の到着を心待ちにしていらっしゃいます! どうか・・・姫様・・・お願いします・・・うぅ・・・」
ミルフィは歯を食いしばって必死に腕を地面に立てて立ち上がろうとします。腕の血管が破裂して、ブチブチと血が噴き出しちゃってます。でも、ノワールちゃんは一切退けようとはしません。
「ミルフィ。女王様はともかく、ミルフィが私のことを立場とか関係なしに大切に想ってくれていることは感じてます。短い間でしたけど、お世話になりました。ありがとうございます。さようなら」
私は踵を返して、静かに見守っていたマイルスの方へ戻ります。
「姫様! 待って! 私は姫様のことを本当の娘のように―――」
もう聞きたくありません。これ以上は、泣いてしまいそうです。
「愛されてんだな。もう引き返せないけど、本当に大丈夫か?」
「大丈夫も何も、私の歩む道は1つです。寄り道はしますが、決して間違えるわけにはいかないんです」
「そっか。じゃあ、俺も間違わないようにしないとな」
「?」
「こっちの話だ。ほら、行くぞ!」
「え!? 下水道を通った手で触らないで・・・えぇ!? そこから行くんですか!? いやぁ!んにゃあああああああ!!」
マイルスは、信じられないことに私の手を掴んで下水道へと繋がっている穴へと飛び込みました。
―――――。
夜目の利く猫獣人の私には足元に汚水が流れているのが見えていますが、マイルスには見えて無いんでしょうか?下水道を通っている間、私は出来るだけ息を止めていましたが、私の手を引くマイルスはウィルスや菌が怖くないのか、それともバカなのか、ベラベラとこの7日間のことを教えてくれました。
なんでも、私に預けようとしていた魔石とやらは、持っている相手と思念で会話出来る凄い石だったらしく、これで私と一緒に脱出について計画を立てようとしていたみたいです。
「でも、聞こえてくるのは『にゃんにゃーん』って猫の鳴き声ばかりでさ。でも、聞いてるうちにだんだんとその猫の考えてることが分かるようになってきたんだ。つっても、猫だから人間ほどの高度な会話は成り立たなかったけど、それでも俺とあの黒猫はノエルの味方同士、打ち解けあって、情報を交換し合って、ノエルがあの塔にいることが分かったんだ」
いいですね。私もノワールちゃんとお話してみたかったです。
「だけど、普通に塔に侵入するのは難しいし、何より索敵能力に優れてるあの騎士団長・・・ミルフィってメイドが厄介だったんだよ。だから、俺は下水道を通って、俺のニオイを覚えられないように嗅覚を鈍らせつつ、精神魔法で眠らせて、コッソリとノエルを連れ出そうと思ったんだ」
じゃあ、ミルフィとあんな激しい攻防を繰り広げる必要は無かったんですね。
「でも、あいつ、すげぇよ。精神魔法を防ぐ手は主に2つあるんだけど、一つは記憶力系の褒美で対抗する。もう一つは、精神魔法を防ぐ効果のあるアクセサリーを身に付けること・・・なんだけど、あいつは気合と根性だけで精神魔法を跳ね除けてみせたんだ。・・・それだけ、あいつにとってノエルは大切だったんだろうな」
下水道の出口が見えてきました。ようやくまともに息が出来そうです。
読んでくださりありがとうございます。
その頃の女王様「やっとあの子との時間を取れるわね・・・あの子はまだかしら? 話したいことがたくさんあるわ。いえ、まずはギュッと抱きしめましょう。そして会いに行けなかったことを謝りましょう」




