序章:記録者の手記(あるいは、理性の死亡診断書)
日付:2025年 10月 22日
この手記が誰かに読まれる時、私はもうこの世にいない。 おそらくは「トー横キッズ」を巡るセンセーショナルな事件の、愚かな被害者の一人として処理されていることだろう。40にもなって、あの広場のネオンに吸い寄せられた中年男性。メディアが好みそうな、実に陳腐な「結末」だ。
だが、あらゆる物事には「原因」と「結果」がある。そして私は、その因果律を分析し、記録することを半ば生業としてきた人間だ。自らの死さえも、その例外であってはならない。
私の敗北は、いつ始まったのか。
客観的に見れば、ターニングポイントは二つある。 一つは、私が「救済」という名の傲慢な欲望に取り憑かれたこと。そしてもう一つは、私自身が、禁忌とされる領域――未成年の少女との歪んだ関係に足を踏み入れてしまったことだ。理性を自認する私が、最も軽蔑していたはずの衝動に負けた。
しかし、この破滅の全貌を理解するには、時計の針を大きく戻し、一人の女について語らねばならない。
彼女こそが、この物語の「原因」そのものだ。 1990年に生まれ、平成という「病の時代」そのものを全身で体現してきた女。リストカット、オーバードーズ、サクラ、ホス狂い……。日本のメンタルヘルスの負の歴史を、まるでスタンプラリーのように踏破してきた、生ける標本。
私は彼女を分析対象として観察し、記録し、あわよくば救えると信じていた。 1993年に刊行された『完全自殺マニュアル』が、かつての「死」を知識へと変えたように、私もまた、彼女の「絶望」を分析し、言語化することで制御できると思い込んでいた。
だが、それは致命的な誤りだった。
衝動は、分析された瞬間にその形を変え、分析者自身に感染する。 彼女という「絶望」のブラックホールは、私という矮小な「理性」をいとも容易く飲み込んだ。
これは、私の理性が敗北するまでの全記録である。 そして、私が彼女の「衝動」に殺されるまでの、克明なレポートだ。
すべての始まりは、彼女が私に差し出した一冊の古いノート。 そこには、彼女が2007年――あの「歌舞伎町クリニック」が閉鎖された年に経験した、ある「告白」が記されていた。




