表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼我の女王 ~青く光る少女の瞳と飛び交う蝶、そして死者を迎える常闇へと続く物語  作者: 空谷あかり
六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/33

4 分離

 水城正太郎は何も持っていなかった。暗い中をただ、自分ひとりで歩いていく。以前はこんなに寂しくなかった。慢心がすべてを奪い去っていった。人は変わってしまう。自分の変節っぷりに戸惑い驚きながらも、彼は暗い場所を歩いていた。

「レーキ?」

 さっき送ったはずの白い水鳥がそこにいた。しかしすぐに消えてしまった。彼は頭を振り、さらに歩き続ける。すると目の前に老人が現れた。デサ・ラウの島長だった。この老人もまた、ぼう、と消えてしまった。正太郎は歩き続ける。すると目の前に木の枝が落ちていた。彼はそれを拾い上げ、軽く振った。ほんのりと枝が光り、行先を指し示した。彼はそれをばさばさと空中で振り回す。そうやっているのを見たことがあるからだ。その動作で闇が消え、ある光景が現れた。暗いジャングルと降るような星空だった。

 その夜空の美しさに彼は見惚れた。これほど美しいものがあったとは、とまで思った。手を伸ばせば届くような星空に、彼は祈るような気持ちになった。その祈りにこたえて、するすると何かが空から降りてくる。彼はそれがやってくるのを待った。それは彼に絡みつき、内部に入り込んできた。

(巫者よ)

 彼の中には何か風を通すような空洞がある。そこに入り込もうとそれは彼を覆い尽くし、うねりながら打ち寄せてきた。だが、彼はその入口を開放しなかった。何もなかったと思っていたその空洞に、大事なものがしまってあったからだった。

「星神だね」

 穏やかに彼はたずねた。恐怖の源泉とも真の暗闇とも伝えられるその存在は、ある一点でひどく脆い。そのために人々は星神の支配を受けずに済んでいるのだ。星神は唸り、力ずくで彼の中に入り込もうとする。恐怖を追い払い、彼は落ち着いて自分の中にある大事なものを守ろうとした。それを手放させようとする星神の執拗な脅しに、彼はこう返す。

「これは渡せない。これこそは本当に大事なものだ」

 星神は彼を揺すぶり、掴んで放り投げる。実際にそうなのかそう思わされているのか、それは不明だ。しかし攻撃は間断なく続いた。最後の一撃を受ける間際に、彼はこう叫んだ。

「シラー、愛してる」

 すべてが繋がった。通電したかのように闇夜には光が灯り、無音だった世界が甦った。抽象化されたものはまた元の姿に戻った。

「頑固だねえ、いい子ちゃん」

 三叉の竜を従え、前方に正太郎の影が控えていた。うっすらと見えるカタクの森には青い大きな蝶が舞い飛んでいる。そこには彼の愛した少女がたたずんでいた。

「シラー!」

 彼はそちらに向かって走っていった。あきれたように正太郎の影と三叉の竜はその後をついていった。


 玉座は朽ち果ててしまっていた。周囲には青い蝶がひらひらと舞っている。玉座を中心としたカタクの森の上空には不気味な黒い空が広がり、その奥に何かが気配をうかがっていた。正太郎は朽ちた玉座に近寄り、そこに黒い塊を抱え込んだまま、ミイラと化した死体を発見した。長いスカートをはいた若い娘のようだった。

「これは……」

 その黒い塊が上空に悪しきものを呼び寄せていた。ミイラも黒い塊も、まだ意識が残っている。正太郎はそれを見て取り、彼を注視していたシラーと自分の影のほうを振り返った。

「よかったな、ティアちゃんが代わってくれたよ。その体がまた使えるってもんだ」

 正太郎の影が言った。しかし少しも嬉しそうではなかった。シラーが言う。

「お前をそこから動かすにはそれしかなかった。葬送は私がしよう。その二人の息の根を止めるがいい」

 空気が凍りついたように正太郎には思われた。なぜ、と思ったのが分かったのだろう、シラーはこう言った。

「サジムが星神を呼んでいる。その娘は自分の中にサジムを取り込んで星神の膨張と降臨を止めた。ともに打ち砕かねば星神を追い返すことはできない」

 理屈は分かる。しかしなぜ自分が、とも思う。呆然としている彼を見て、正太郎の影が言った。

「もう忘れたのかい。彼らを潰そうと決めたのは自分だろう。あんなに傲慢にふるまってたくせにあきれたもんだね」

 言われてみればその通りだった。正太郎は自分の手のひらを見て、玉座に近寄った。あの爆発するようなエネルギーはもはやない。あるのは迂回路から分岐した、彼自身とその影を維持するエネルギー流量だけだ。それでも彼はいまだ常闇の王なのだった。

(他にないのか)

 彼はそう思ったが、すべてがきっちりと計画されており、このことについては変更する余地はないように思われた。サジムの魂を潰し、星神に通じる回路を断つ。同時に自分の持っているエネルギーを逆流させて、星神本体にもダメージを与え近寄らせないようにする。そう彼は計画を立てたのだった。変更点があるとすれば大地のエネルギー回路を直接彼我の女王につなぐ点だけであり、それはこんがらがってしまった今の状態を、かつてのさまに戻すことだった。

「そうだった」

 その前哨戦として三叉の竜をサジムにぶつける。彼自身にはもうそんな力はないが、迂回路からのエネルギーは三叉の竜と彼我の女王に通じていた。準備は整っており、あとは命令するだけだ。悩む余裕などなかった。

「三叉の竜よ、こちらへこい」

 正太郎は命令を伝えようと、三つ首の獣を呼んだ。すうっと動いて三つの頭と尾を持つ巨体が彼のとなりに現れる。

(命令を)

 待機する三叉の竜に彼は命令を伝えようとした。その時に巨大な頭の一つが後ろを向き、彼にこう伝えてきた。

(反転する者がやってくる)

 もう一つの頭もこう伝えてきた。

(乱す者が来る。この計画は台無しになる)

 最後の頭は汽笛のような吼え声を上げ、三つの尾を振って空気を切り裂いた。その空気にもまれて樹木の隙間から誰かが落ちてくる。正太郎はその人間を受け止め、地面にそっと置いた。

「なんだここは。ていうかお前、水城じゃねえか。人間に戻ったのか」

 岡本松籟だった。どうしたらいいのか分からないまま、正太郎は岡本の顔をじっと見た。


 緊張感漂う中、正太郎は岡本の顔を見た。岡本は地面から立ち上がるとまわりを見渡し、見知った顔がいくつもあることに気がついた。

「ティアはどうした。お前ら、知ってるか」

 玉座は黒いアゲハ蝶で巧妙に隠されていた。正太郎とその影は同時に岡本を見やり、ふう、と言った。

「どうするんだい」

「そう言われてもね」

 同じ顔と同じ声、同じ服装の人間がいるのを見て岡本はびっくりした。まったく同じ人間がそこにいたのだった。

「どっちが影だ」

 僕だ、と左側の正太郎が答えた。右側の正太郎は難しい顔で岡本を見ていた。

「ばらせよ。もう無理だ」

 影が言った。シラーは蝶に隠れている玉座の前に立っていた。上空から不穏な音が聞こえてくるので、聞き耳を立てていたのだった。

「反転する者、ですか。よく名づけたものです」

 正太郎は岡本に歩み寄り、そこから三叉の竜を見上げた。雰囲気が変わったのを察知して、シラーは聞き耳を立てるのをやめて正太郎のほうを向いた。

「言うのか」

「仕方ない。どうにもならない」

 正太郎が答える。不意に太鼓のような音が玉座の上空から響き、すぐさま雷鳴がその暗い中で響いた。正太郎はそれをちらっと見て、また岡本のほうを向いた。

「時間がない。手短かに言います。ティアさんは戻りません」

 ざっ、と音を立てて黒アゲハの暗幕が上げられる。代わりにその周りを青い光る蝶が飛び交った。シラーが作った星神への防護壁である。岡本は朽ちてボロボロになった玉座の真ん中に座る、干からびたミイラに視線を奪われた。そのミイラは見たことがある服を着ていた。

「彼女は星神へ通じた者を抱え込んだまま、この場所へきておれと代わりました。そのためここに星神を呼び込んでしまった。おれは動けるようになりましたが、彼女はこの状態です。玉座の負荷が大きかったのと、取り込んだ者の星神への回路が予想外に大きかったためです」

 誰だ、と岡本はつぶやいた。サジムだよ、と正太郎の影が答えた。

「嫉妬、てのはものすごいんだ。サジムがおかしくなったのは岡本さん、あんたへの嫉妬だ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ