第31話 始まりと終わり(敗れたページ)
おまけです。
気がついた時には、聖明の腕を掴んで壁に押し付けていた。
「馬鹿か!お前は!?自身の置かれてる状況が理解できてないのか!?」
叫んだ声は、自分でも驚くほど掠れていた。
本当は──怒ってるんじゃない。
怖かった。
ただそれだけだった。
「黙れ!!」
聖明の怒声に、体が僅かに跳ねる。
それでも、聖明の目から目を逸らせなかった。
「……私を置いていったのはお前だろう……それを……」
静かに、でも確かに責めるその声に、胸が締め付けられる。
──分かってる。
俺は逃げた。
あんな姿を見て、何もできなかった。
いや、できることはあったはずなのに、選ばなかった。
「私は一ヶ月、東洋・和の国に行く」
その言葉に、頭が真っ白になる。
「はあ!?」
──何を言ってるんだ、今の身体で、その状態で。
怒鳴った声が震えていたのは、自分のせいで行かせてしまうという予感があったから。
「大天使からも許可は出てる」
聖明は、まるで最初から決定事項のように、誰も止められないように、話を進めていく。
「風真を連れてく」
……その名前に、感情がざらついた。
風真なら、きっと支えてくれるだろう。
優しくて、繊細で、逃げたりなんかしない。
俺なんかより、余程──
「好きにしろ。どうせ決めるのは“指揮官様”だ」
口が勝手に動いた。
止めたかったのに。
引き止めたかったのに。
本当は、行くなって叫びたかったのに。
「……どうせ、お前はいつも勝手に消える。
俺なんて最初からいらなかっただろ?」
──最低だ。
言った直後に後悔が押し寄せる。
けれど、聖明の手が動いたのは、それよりも早かった。
「ぐ……っ!」
鋭い痛みが右肩を貫いた瞬間、ようやく“やってしまった”と理解する。
視線の先、聖明の目には涙が浮かんでいた。
「お前が、それを言うのか……?
私を置いていったくせに……お前は……ッ!!!」
その涙が、何よりも胸に刺さる。
俺が──泣かせた。
「ぁ……」
聖明の身体が、女の姿へと変化していく。
目の前の聖明は、あんなに強かったのに、今は傷ついた少女のように見えた。
そして、俺は──何もできなかった。
「二度と、私の名を呼ぶな。セレスティーナ・ラファベル」
その一言で、世界が終わった気がした。
何も返せなかった。
どんな言葉も、謝罪も、もう届かない気がした。
そして、聖明は去っていった。
────俺は、また置いていかれた。
自分でそうさせたくせに、泣きたくて仕方なかった。
***
──鍵をかけて、背を預けて、崩れ落ちた。
ドアの向こうにはもう誰もいない。
セレスの怒った顔も、驚いた顔も、泣きそうな顔も。
あの全てが、頭から離れない。
「……っ、ぅ……」
今日はどうしても──止められなかった。
拳を握ったまま、膝を抱える。
肩が小刻みに震えるのは、怒りでも恐怖でもない。
寂しさだ。
「セレスのばか」
言いたいことなんて山ほどあったのに。
叫ぶ代わりに剣を突き刺して、名前を拒絶して。
こんな別れ方しか、できなかった。
あんなにも傍にいてほしかったのに。
──どうして、置いていったの?




