第22話 日常と魔法の訓練(講義02)
石畳の道を、聖明と並んで歩きながら他愛もない話をしていた。
「風真は、何か魔法武具が欲しいの?」
聖明がトランクを後ろ手に持ち、不思議そうに身体を前に傾けながら問いかけてくる。
「欲しいっていうか、興味があるんだ。カリオンが使う魔法がさ、魔法武具メインでさ」
僕は頭の中に友人──赤髪のカリオンの姿を思い浮かべる。
「よく話に出てくる赤髪の子だね?」
「うん。火属性が得意で、剣に魔法を付与して戦うのが得意なんだけど……
剣がすぐ壊れちゃうらしくて、今、耐久力のある魔法武具を探してるんだって」
僕自身は使ったことはないけど、カリオンがいろいろ教えてくれるおかげで、興味が湧いてきた。
魔法武具の種類とか、使い勝手とか──そういうのを見てみたくて、今日ここに来た。
「なるほどね。魔法武具は、普通の魔法とはまた勝手が違うからね。
利点もあれば、欠点もある。第一に──」
聖明が説明を始めたそのとき。
突如、目の前の店から轟音とともに炎が噴き出し、悲鳴が響いた。
「え!? なに!?」
反射的に僕が叫ぶと、聖明は即座に無言で手を振るい、店の炎を魔法で消し去った。
そのまま迷いなく店内へと飛び込んでいく。
「何事だ!?」
僕もあわててその背を追い、後ろから顔を覗かせる。すると──
「すみません!魔法武具のテストで暴走しまして!」
店主らしき女性が、何度も頭を下げている。
その前には──剣を握ったまま、気絶して倒れている少年。
「……は!? カリオン!?」
驚きに思わず声を上げた僕に、聖明がビクッと肩を跳ねさせて振り返る。
「風真、この子が……友達の?」
「あ、うん……そう、カリオン・エイヴィス」
「エイヴィス家の子か……」
聖明は短く呟くと、すぐにしゃがみ込み、倒れているカリオンの横で無詠唱の魔法陣を展開した。
淡い青色の粒子が舞い、数秒ののちに──カリオンが薄く目を開く。
「あ、れ……?」
魔法陣がスッと消える。聖明は冷静なまま指を一本立て、カリオンの目の前へ。
「こっちを見なさい。私の指が見えますか?」
「あ……はい……?」
「そのまま指を目で追って」
放心した様子ながらも、カリオンは言われた通り目だけを動かす。
「……よし、異常なし。店主」
「は、はいっ!!」
「マナポーションはあるか?」
「あっ、ただいまっ!」
店主は慌ててカウンターへ走り、ごそごそと大きな音を立てて瓶を取り出す。
「お待たせしましたっ!」
「代金は後で払う。カリオン、すぐ飲みなさい。極度の魔力欠乏症だ」
カリオンは指示通りポーションを飲み干す。
すると、みるみるうちに目に力が戻り、いつもの彼の表情が浮かび始める。
「はー! 生き返るぅ……!」
「よし。とりあえずはもう大丈夫だ」
聖明が立ち上がると、僕がその隣に駆け寄る。
「カリオン!大丈夫!?」
カリオンは聖明を見上げると、面白いほど顔色が赤から白に変わり、勢いよく立ち上がって土下座をかました。
「申し訳ございません!!!ご迷惑おかけしましたああああ!!!」
あまりの勢いに、聖明はやや引きながら僕を見た。
「……風真、あの子はいつも、ああなの?」
「……うん、カリオンはだいたいあんな感じ」
ため息をついた聖明は、店主に尋ねる。
「店主、いったい何があったの?」
「え、えっと、彼が魔法武具を買いにいらっしゃいまして……そこにある剣を握った瞬間、炎が急に……」
僕は転がっている剣に目を向けた。見た目は何の変哲もない普通の剣だ。
「なるほど……」
聖明は素手で剣に触れようとする。それを見たカリオンが慌てて叫ぶ。
「"聖明先生"! 危ないです!」
「ん?」
だが、聖明が握っても何も起きない。
「問題ない。私が魔法武具で魔力を持ってかれるようなことはありえない。うん、やっぱりそうだな……」
納得したように呟く聖明に、僕は尋ねる。
「何かわかったの?」
「これは炎属性専用武具だけど、術式の調整が酷い。
火力を出すために、必要以上の魔力を吸収するように組まれてる
つまり、玄人向けだ。初心者が持つと魔力を吸われて暴走する
……なんでこんな代物に手を出した?」
視線を向けられたカリオンは、敬礼の姿勢で応える。
「申し訳ありません!
……俺、もっと強くなりたくて……つい、実力より強い剣を……」
普段は自信に満ちた彼が、今はすっかり縮こまっている。
「そうか、若い頃はよくあることだ」
聖明はカウンターに剣を戻し、「片付けてくれ」と店主に一言。店主は大きく頷いて奥へと消えていった。
そして、聖明は怯えるカリオンの前にしゃがみこむ。
「反省しているならいい。次からは気をつけなさい」
優しい声で言いながら、僕にしてくれるように、カリオンの頭を撫でる。カリオンは目を開き、みるみる涙目になっていく。
「う、うおおおおお!」
あまりに豪快な鳴き声に、僕は笑いそうになって体が震える。
「まったく……」
聖明はポケットからハンカチを取り出し、カリオンの目元を拭う。
「これで拭きなさい」
「あ"り"がと"う"ござい"ま"す"……っ!
あと、風真あああああ笑いそうなのバレてるからなああああ」
思わずビクッとする僕。
「ご、ごめんて……」
「許すうう!!!」
そんな僕たちのやり取りに、聖明がクスッと笑った。
「店主! マナポーション代、置いておくよ!」
奥に声をかけると、店主が慌てて戻ってきて、深々と頭を下げる。
「さて……どうせだから、二人とも来なさい。魔法武具の授業の時間だ」
そう言って笑う聖明に、僕とカリオンは目を合わせて──ついていった。
ーーー
僕たちは川沿いの少し広い道へと移動していた。
ベンチに並んで座る僕とカリオン。その前に、聖明が立っている。
カリオンは聖明のファンだ。緊張しているのか、なんだかガチガチだ。
「では、魔法武具の基礎講座を始めよう。
まずは魔法武具の利点と欠点についてだ」
聖明の口調はいつもより少しだけ固い。教官モードだ。
「利点から話そう。
魔法武具は、武器そのものに術式が込められているため、威力が高い。
術式の種類によっては、さまざまな効果を発動することもできる。
分かりやすい例は風属性だ。
風属性の魔力を流せば、術式に組み込まれた斬撃がそのまま飛ぶ。
振るだけで斬撃魔法が使えるわけだ。
その威力は、持ち主の魔力量と、武具に流し込む魔力量によって変化する。
単純な構造だからこそ、強くて扱いやすい。それが特徴だ」
聖明は、足元のトランクを蹴って開いた。
中が光り、一本の短剣が飛び出してくる。聖明がそれをキャッチする。
「一方で、欠点もある。
魔法武具は、最初から組み込まれている術式以外には反応しない。
つまり、使い手が自前の魔法を使いたければ、そもそも魔法武具を使う必要がない。
魔法武具は制限があるぶん、自由度の高い魔法使いにとっては、かえって邪魔になる。
それと──魔法武具には“魔力限界”がある。
使い手の魔力が強すぎれば、武具が耐えられず壊れてしまう」
そう言って、聖明は短剣に魔力を流す。
次の瞬間、刃がボロボロと欠けていき、最後には塵になって消えた。
聖明がカリオンを見つめる。
「カリオン、君は日頃から“武具の耐久性”について悩んでいたそうだね?」
カリオンがビクンと肩を震わせ、裏返った声で「はいっ!」と答える。
「エルヴィス家は遺伝的に魔力量が多い。君もその一人だ。
結果として、実力と武具の性能にギャップが生まれている。
初心者向けの武具は、君の魔力量に耐えられない。
かといって上級者用は、技量が追いつかず、魔力を暴走させてしまう」
「あっ……だから、カリオンの武具ってすぐ壊れちゃうんだ!」
「その通り、風真。よく理解してるね。
──つまり、カリオンに合う武具を見つけるのは難しいんだ」
カリオンは、しゅんと肩を落とした。
「はあ……もっと武具、使えるようになりたかったのに……
練習もできないんじゃ……」
「カリオン……」
すると、聖明は再びトランクの中から細長い何かを取り出した。
「ん? 聖明、それなに?」
「んー、これね」
聖明は黒い棒のようなものを横に持ち、左右に引っ張る。
すると、鋭い刃がギラリと光を放った。
「これは刀だ。西洋ではあまり見かけないかもね」
そう言って、鞘から一気に引き抜くと、空気を裂くような音が響く。
その姿に、カリオンは目を輝かせて見つめていた。
「うん、これなら……いけそうだな」
聖明は刀の刃先から魔法陣を展開させる。
魔法陣が刃を這うように広がり、赤い炎のような粒子が刀からゆらゆらと発され始めた。
「……こんなもんか」
そう呟くと、聖明はその刀を鞘に収め、無造作にカリオンに向かって投げた。
カリオンは慌てながらも、しっかりと受け取る。
「うわっ!?」
「それに魔力を通してみろ。全力で」
「は、はいっ!!」
カリオンは立ち上がり、少しベンチから離れた位置で深呼吸をすると、刀を抜いて構えた。
「いきます!」
刀に魔力が込められていくと、炎が纏わりつくように現れた。
静かに、それでいて力強く燃える紅の炎。
「すごい……全然、壊れる気配すらない……」
カリオンが感嘆の声を漏らす。
「よし。じゃあ追加で風魔法を発動してみろ」
「「えっ!?」」
僕とカリオンの声が同時に重なった。
「少しでいい。少量なら、得意属性じゃなくても出せるだろ」
「は、はいっ!」
すると、まっすぐ上に立ち上っていた炎が、蛇のようにうねり始め、渦を巻く。
「動きが……変わった!?」
カリオンが驚いた声を上げる。
「上々だな。じゃ、そのまま私に向けて思いっきり振れ」
「ええええっ!?」
ここまで来ると、僕はもう驚かなくなっていた。
……聖明だし。もはや、何してもおかしくない。
「平気だから、やりなさい」
聖明はいつもの笑顔を浮かべたまま、挑発するように手で「おいでおいで」の仕草をする。
「……どうなっても知りませんからね!!」
カリオンは刀を振り上げ、思いきり地面へと振り下ろした。
炎を纏った斬撃が地を裂きながら走り、聖明へと一直線に向かっていく。
だが──
聖明は微笑んだまま、直前で闇の茨を出現させ、飛来する炎の刃を弾き返すように粉砕した。
炎は霧のように散って、消えていった。
カリオンはその様子に、ぽかんと口を開けたまま固まっている。
「うん、初心者用ならこれぐらいだろう」
聖明は満足げに頷くと、壊れた地面に再生魔法を施し、あっという間に元通りにしてしまう。
その様子に、僕はふと素直な疑問を口にした。
「すごいね、聖明。武具も作れるんだ?」
「といっても独学だ。作れるのは精々初心者レベルまで。あくまで趣味の範囲ってやつ」
と笑ってはいたけれど──たぶん、初心者レベルなんかじゃないと思う。
今度、セレスさんにこっそり聞いてみよう。
「カリオン、それはあげるよ。しばらくは保つはずだ」
「え!? でも、こんなすごいもの……!!」
「いいの、いいの。私は近接向いてないから持ってても使わないし、トランクの中が減って助かる。要らないなら捨ててもいいよ」
「い、いえっ!!!ありがたく頂きます! せ、先生っ!!!」
聖明はクスッと笑って、トランクを丁寧に閉める。
カリオンも、刀を鞘に収めると、嬉しそうに腰に下げた。
「さて、課外授業は終わりだね。風真、一応、魔法武具……見に行く?」
「いや、もういいかな……」
流石に、聖明の作った武具を見たあとじゃ、どれを見ても霞んで見えそうだ。
武具の利点と欠点も学べたし──今は、これで十分だと思う。
「あ、あの! 先生!」
「ん? どうした?」
「お時間、よろしければ……俺に、稽古つけてもらえませんか!?」
カリオンは必死な様子で、前のめりに聖明へと詰め寄った。
「私は構わないけど……風真、予定は?」
「僕も平気だよ。というか、カリオンが稽古つけてもらうなら──僕も参加したい!」
旅をしていた頃は、ほぼ毎日のように聖明から鍛えてもらっていたけど、都市に来てからは忙しくて、なかなか稽古の機会がなかった。
せっかくのタイミングだし、僕ももっと強くなりたいし……それに、もっと色んなことを知りたい!
「んー、そうだね。街中でやるのも問題だし……カゴノトリへ行こうか。演習ホールがある。そこを使おう」
と、聖明は少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。
「なんなら、他の友達も呼んでいいよ」
その顔に、僕とカリオンは目を合わせて──思わずニッと笑い合った。
ーーー




