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カゴノトリ  作者: 灯夜 雪


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第144話 式典の始まり

エクソシスト本部の一室。

天井まで届く大きな窓からは燦々と太陽の光が注ぎ、白いレースのカーテン越しに柔らかな陽光が彼の姿を照らし出している。


「セレス。……よく似合ってるよ」


鏡の前に立ち尽くす彼に、私はそっと声をかけた。

月明かりを溶かしたような美しい髪をなびかせ、彼は私の方へと向き直る。

彼が動くたび、床に届きそうなほど長い純白のマントがふわりと揺れた。

腰に帯びた銀色の鞘が、陽光を反射してキラリと輝く。いつものペリースを羽織った姿とは違い、両肩から流れるマントと純白の軍服は、この式典のために新調された特別なものだ。


大魔導師は民を守る最大の盾であり、同時に最強の剣でもある。


その性質上、どうしても装いは軍事色が強くなる。

だからこそ、その象徴として彼は軍服姿で式典に臨む。

希望と光を象徴する白をベースに、マントの裏地やエポーレット、ベルトなどの装飾には、彼のパーソナルカラーである鮮やかな青があしらわれている。


私の大好きな、セレスの青。

それが今の彼には、見惚れるほどよく似合っていた。


「聖明も、似合っているよ」

「そんなこと……ないよ」


今日の主役はあくまでセレスであって、私ではない。

けれど、彼の婚約者として、そしてパートナーとして式典に出席するため、私は彼と対になる軍服を誂えてもらった。


だが、それはこれまでのものとは決定的に違っていた。

完全に女性仕様としてデザインされたその軍服は、実戦用ではないためか、こちらが気恥ずかしくなるほど丈が短い。

太ももの半ばまであるソックスに、膝上まで届くロングブーツ。

その上に羽織るロング丈の軍服は、セレスと同じ白ベースに青の裏地が施されている。


歩くたびに脚が露出してしまい、正直に言って落ち着かない。

その上、これまでは胸元を隠すために両肩を覆うマントを選んでいたのに、今回はセレスと入れ替わるようにペリースを肩に掛けるスタイルで、女性らしい身体のラインが隠しきれなかった。


理由は、痛いほど理解している。

私もまた無性体であり、女性として在れることを世間に示すため。

私の身体の曲線を強調するようなこのデザインには、そうした明確な意図が込められている。


「俺の色に染まってる。

……聖明は俺のものだって、やっと皆に見せつけることができる」


セレスは独占欲を隠そうともせずに囁き、私の手を取ってその指先にそっと唇を落とした。


今日の彼はいつにも増して格好いい。

まるで騎士物語や小説の中に登場する王子様のようで、見つめられるだけで胸の鼓動が跳ね上がる。


「セレス……私……」


熱い視線に射抜かれ、言葉を失う私。

すると彼は、軍服の懐から小さな革張りの箱を取り出した。


「本番は明日だが……先に、これだけは渡しておきたい」


彼が静かに蓋を開けると、そこには二つの指輪が並んでいた。

少し大きめの指輪には、情熱的な赤い小粒の魔石が。

もう一方の小ぶりな指輪には、深い海のような青色の魔石が埋め込まれている。

どちらもシンプルながら洗練されたデザインで、指輪の裏側には、精緻で複雑な術式がびっしりと刻み込まれていた。


「セレス……これは……」

「結婚指輪だ。お前、忙しすぎて完全に忘れていただろう」


ギクッ、と肩が大きく震えた。


この魔法都市において、結婚式とは大天使の祝福の下で行われる神聖な儀式だ。

唯一無二の夫婦として契りを交わすと、二人の絆を示す独自の「紋様」が身体のどこかに浮かび上がる。

それは契りが破棄されない限り、永遠のに身体に刻まれ続ける証だ。


ただ、その刻印は必ずしも人目に触れる場所に現れるとは限らない。だからこそ、対になる指輪を嵌めることで、周囲に自分たちが夫婦であることを示すのが古くからの習わしだ。


いわば指輪は、目に見える結婚の象徴。


それなのに……!

式典の段取りや結婚式の準備に追われすぎて、私はその最重要事項を綺麗さっぱり失念していた。


「ご、ごめん……!

他のことはしっかり覚えていたのに、よりによって指輪のことを忘れるなんて……っ!」


本来なら二人で選ぶべき大切なものだったのに。

一瞬で顔から血の気が引いていく私を見て、セレスは怒るどころか、どこか楽しそうにクスッと喉を鳴らした。


「いや、俺にとっては好都合だった。

おかげで誰にも邪魔されず、じっくり準備ができたからな。

……元々、サプライズで贈りたかった。

だから今日まで、俺もわざと黙っていたんだ」


セレスは悪戯っぽく笑みを深めた後、改めて真っ直ぐに私の瞳を見つめた。


「聖明。改めて、言わせてくれ。

──俺と、結婚してくれ」


射抜くような熱い眼差し。

嬉しさと愛おしさが一気に溢れ出し、私は視界が滲むのを堪えながら、精一杯に頷いた。


「うん……っ!一緒に……これからも、ずっと隣にいて……!」


願いを吐き出すと同時に、セレスが私を優しく、けれど壊れ物を扱うような強さでギュッと抱きしめてくれた。


「ああ。ずっと一緒だ」


囁くような声が耳元に落ちる。

セレスはそっと私を腕の中から放すと、再び私の手を恭しく取った。


「指輪には伸縮魔法を付与してある。

聖明の性別が変わっても、自然とサイズが合うようになっているから安心してくれ」


セレスはそう言って、青色の魔石が嵌め込まれた指輪を私の左手薬指へとそっと滑らせた。


「聖明の指に似合うようにと、ずっと考えて、何度もデザインを描き直したんだ。

魔石は双方の瞳の色と同じものを選んだ。

長年、月の光を溜め込み結晶化した稀少な魔石を加工したもので、裏側の術式には、いざという時に聖明を守るための防御魔法を刻み込んである」


整った指輪の輝きを見つめる私に、彼はさらに言葉を重ねる。


「こちらの赤い魔石も、同じ原石から加工したものだ。

この石は特殊でな。

蓄えた光の性質によって、加工次第でどんな色にも輝く。

青と赤、それぞれの色を定着させるために、毎日少しずつ魔石を削り出すのは骨が折れたよ」


私は驚きのあまりに息を呑んでしまう。

彼が日々の公務の合間に、そんな気の遠くなるような作業を独りで進めていたなんて、微塵も気づいていなかった。


「セレスが、そんなに頑張ってくれていたなんて……っ」


差し出した左手を光にかざし、まじまじと見入ってしまう。

そこにあるのは、間違いなく私の大好きなセレスの色──鮮やかで透き通った青だった。


「指輪自体の製作は職人に依頼した。

流石に細かい装飾までは俺の手に余るからな。

俺が手を貸したのは、魔石の加工と術式だけだ」


謙遜するように優しく微笑むセレス。

その真心があまりに嬉しくて、視界が急激に熱くなる。


「せ、セレス……」


「……おい、まだ泣くなよ?

せっかく綺麗に化粧をしてもらったんだ。

泣くなら明日の結婚式まで取っておいてくれ。

本当に夫婦になる、その瞬間のためにな」


零れそうになる涙を、私は必死に堪えて何度も頷いた。


「わ、私にも、セレスに指輪を嵌めさせて」

「ああ。頼む」


カゴノトリ 第144話 式典の始まり(前編)


ーーー


エクソシスト本部の一室。

天井まで届く大きな窓からは燦々と太陽の光が注ぎ、白いレースのカーテン越しに柔らかな陽光が彼の姿を照らし出している。


「セレス。……よく似合ってるよ」


鏡の前に立ち尽くす彼に、私はそっと声をかけた。

月明かりを溶かしたような美しい髪をなびかせ、彼は私の方へと向き直る。

彼が動くたび、床に届きそうなほど長い純白のマントがふわりと揺れた。

腰に帯びた銀色の鞘が、陽光を反射してキラリと輝く。いつものペリースを羽織った姿とは違い、両肩から流れるマントと純白の軍服は、この式典のために新調された特別なものだ。


大魔導師は民を守る最大の盾であり、同時に最強の剣でもある。


その性質上、どうしても装いは軍事色が強くなる。

だからこそ、その象徴として彼は軍服姿で式典に臨む。

希望と光を象徴する白をベースに、マントの裏地やエポーレット、ベルトなどの装飾には、彼のパーソナルカラーである鮮やかな青があしらわれている。


私の大好きな、セレスの青。

それが今の彼には、見惚れるほどよく似合っていた。


「聖明も、似合っているよ」

「そんなこと……ないよ」


今日の主役はあくまでセレスであって、私ではない。

けれど、彼の婚約者として、そしてパートナーとして式典に出席するため、私は彼と対になる軍服を誂えてもらった。


だが、それはこれまでのものとは決定的に違っていた。

完全に女性仕様としてデザインされたその軍服は、実戦用ではないためか、こちらが気恥ずかしくなるほど丈が短い。

太ももの半ばまであるソックスに、膝上まで届くロングブーツ。

その上に羽織るロング丈の軍服は、セレスと同じ白ベースに青の裏地が施されている。


歩くたびに脚が露出してしまい、正直に言って落ち着かない。

その上、これまでは胸元を隠すために両肩を覆うマントを選んでいたのに、今回はセレスと入れ替わるようにペリースを肩に掛けるスタイルで、女性らしい身体のラインが隠しきれなかった。


理由は、痛いほど理解している。

私もまた無性体であり、女性として在れることを世間に示すため。

私の身体の曲線を強調するようなこのデザインには、そうした明確な意図が込められている。


「俺の色に染まってる。

……聖明は俺のものだって、やっと皆に見せつけることができる」


セレスは独占欲を隠そうともせずに囁き、私の手を取ってその指先にそっと唇を落とした。


今日の彼はいつにも増して格好いい。

まるで騎士物語や小説の中に登場する王子様のようで、見つめられるだけで胸の鼓動が跳ね上がる。


「セレス……私……」


熱い視線に射抜かれ、言葉を失う私。

すると彼は、軍服の懐から小さな革張りの箱を取り出した。


「本番は明日だが……先に、これだけは渡しておきたい」


彼が静かに蓋を開けると、そこには二つの指輪が並んでいた。

少し大きめの指輪には、情熱的な赤い小粒の魔石が。

もう一方の小ぶりな指輪には、深い海のような青色の魔石が埋め込まれている。

どちらもシンプルながら洗練されたデザインで、指輪の裏側には、精緻で複雑な術式がびっしりと刻み込まれていた。


「セレス……これは……」

「結婚指輪だ。お前、忙しすぎて完全に忘れていただろう」


ギクッ、と肩が大きく震えた。


この魔法都市において、結婚式とは大天使の祝福の下で行われる神聖な儀式だ。

唯一無二の夫婦として契りを交わすと、二人の絆を示す独自の「紋様」が身体のどこかに浮かび上がる。

それは契りが破棄されない限り、永遠に身体に刻まれ続ける証だ。


ただ、その刻印は必ずしも人目に触れる場所に現れるとは限らない。だからこそ、対になる指輪を嵌めることで、周囲に自分たちが夫婦であることを示すのが古くからの習わしだ。


いわば指輪は、目に見える結婚の象徴。


それなのに……!

式典の段取りや結婚式の準備に追われすぎて、私はその最重要事項を綺麗さっぱり失念していた。


「ご、ごめん……!

他のことはしっかり覚えていたのに、よりによって指輪のことを忘れるなんて……っ!」


本来なら二人で選ぶべき大切なものだったのに。

一瞬で顔から血の気が引いていく私を見て、セレスは怒るどころか、どこか楽しそうにクスッと喉を鳴らした。


「いや、俺にとっては好都合だった。

おかげで誰にも邪魔されず、じっくり準備ができたからな。

……元々、サプライズで贈りたかった。

だから今日まで、俺もわざと黙っていたんだ」


セレスは悪戯っぽく笑みを深めた後、私の前に膝まずき改めて真っ直ぐに私の瞳を見つめた。


「聖明。改めて、言わせてくれ。

──俺と、結婚してくれ」


射抜くような熱い眼差し。

嬉しさと愛おしさが一気に溢れ出し、私は視界が滲むのを堪えながら、精一杯に頷いた。


「うん……っ!一緒に……これからも、ずっと隣にいて……!」


願いを吐き出すと同時に、セレスが立ち上がり、私を優しく──けれど壊れ物を扱うような強さでギュッと抱きしめてくれた。


「ああ。ずっと一緒だ」


囁くような声が耳元に落ちる。

セレスはそっと私を腕の中から放すと、再び私の手を恭しく取った。


「指輪には伸縮魔法を付与してある。

聖明の性別が変わっても、自然とサイズが合うようになっているから安心してくれ」


セレスはそう言って、青色の魔石が嵌め込まれた指輪を私の左手薬指へとそっと滑らせた。


「聖明の指に似合うようにと、ずっと考えて、何度もデザインを描き直したんだ。

魔石は双方の瞳の色と同じものを選んだ。

長年、月の光を溜め込み結晶化した稀少な魔石を加工したもので、裏側の術式には、いざという時に聖明を守るための防御魔法を刻み込んである」


整った指輪の輝きを見つめる私に、彼はさらに言葉を重ねる。


「こちらの赤い魔石も、同じ原石から加工したものだ。

この石は特殊でな。

蓄えた光の性質によって、加工次第でどんな色にも輝く。

青と赤、それぞれの色を定着させるために、毎日少しずつ魔石を削り出すのは骨が折れたよ」


私は驚きのあまりに息を呑んでしまう。

彼が日々の公務の合間に、そんな気の遠くなるような作業を独りで進めていたなんて、微塵も気づいていなかった。


「セレスが、そんなに頑張ってくれていたなんて……っ」


差し出した左手を光にかざし、まじまじと見入ってしまう。

そこにあるのは、間違いなく私の大好きなセレスの色──鮮やかで透き通った青だった。


「指輪自体の製作は職人に依頼した。

流石に細かい装飾までは俺の手に余るからな。

俺が手を貸したのは、魔石の加工と術式だけだ」


謙遜するように優しく微笑むセレス。

その真心があまりに嬉しくて、視界が急激に熱くなる。


「せ、セレス……」


「……おい、まだ泣くなよ?

せっかく綺麗に化粧をしてもらったんだ。

泣くなら明日の結婚式まで取っておいてくれ。

本当に夫婦になる、その瞬間のためにな」


零れそうになる涙を、私は必死に堪えて何度も頷いた。


「わ、私にも、セレスに指輪を嵌めさせて」

「ああ。頼む」


大好きな彼の手をそっと取り、箱からもう一つの指輪を取り出す。

彼の左手薬指に、鮮やかな赤が灯った。


「……ああ、いいな。俺の好きな、聖明の瞳の色だ」


愛おしそうに自身の指先を見つめるセレス。

そのまま彼は私の頬に手を添え、私たちは静かに唇を重ねた。


「……そろそろ時間だ。行こうか」

「うん。セレスの晴れ舞台だもんね。特等席で見守らせて」


決意を込めて言葉を交わした瞬間、部屋の重厚な扉が静かに開かれた。

扉の先には、正装に身を包んだ龍が、凛々しい面持ちのエクソシストたちを引き連れて静かに佇んでいた。


龍の纏う正装は、大天使直属諜報部隊の軍服だった。

機密性の極めて高い組織が公の場に姿を現すのは、極めて稀なことだ。

その身分を秘匿するため、目元は特殊な白いマスクに覆われ、専用の白い軍帽を深く被っている。

唯一見えるのは口元だけだが、それでも彼は私の幼馴染であり、無二の親友だ。

見間違えるはずがない。


「大魔導師様、聖明様。そろそろお時間にございます」


いつもならニカッと快活に笑い、軽々しい口調で話しかけてくるだろう。

けれど、今は公の場。

龍はいつもの彼とは違う、一切の隙がない真面目な表情と口調を崩さない。


龍は左手を後ろに回し、右手を胸に当てると、静かに片膝を突いて目を閉じた。

そのまま、淀みのない声で言葉を紡ぐ。


「この度は我ら大天使直属諜報部隊が、お二方の護衛に就かせていただきます。

わたくし、大天使ミカエル様が五本指の一人──ミカエルの名を与えられた直属部隊最高責任者、龍・C・ミカエルが、責任を持ってお守りいたします」


「承知した。今日は一日、頼む」


セレスも相手が龍だと分かっていながら、今は「大魔導師」としての役割を完璧に演じ始める。

私は静かにセレスの傍らに立ち、一言も発さずに深く頷いた。

その様子を確認すると、龍は音もなく立ち上がり、扉の傍らへと身を寄せて深くこうべを垂れる。


それに倣うように、廊下の左右に整列していたエクソシストたちが一斉に恭しくお辞儀をし、中央に道が開かれた。

セレスは無言のまま、開かれた道を迷いのない足取りで歩み始める。私はその背を追うように、一歩後ろを付き従った。


──さあ、大魔導師就任式の始まりだ。



ーーー



エクソシスト本部の廊下を抜け、外へと続く重厚な扉が左右に開かれた。


一歩外へ踏み出した瞬間、地響きのような歓喜と凄まじい熱気が耳を打つ。

空を見上げれば、魔法で生成された色鮮やかな花びらが宙を舞い、地面に落ちては光の粒子となって辺りを幻想的に照らし出していた。


会場へと続く道には、俺の色である青いカーペットが真っ直ぐに敷かれている。

民衆は我先にと大魔導師の姿を拝もうと、観客席から身を乗り出していた。その観客席の至る所には数多くのエクソシストが配置され、厳戒態勢で警備に当たっている。


俺は斜め後ろに聖明が寄り添っていることを確認すると、そのまま迷いのない足取りで進み始めた。

聖明の後ろには、龍を筆頭とした大天使直属諜報部隊が整然と並び、俺たちの歩みに付き従う。


「大魔導師様!」

「大魔導師様、万歳!」


民はこの熱量に当てられたように声を上げ、今日という祝祭の日を言祝いでいた。


正直、茶番のようだと思う。

いや、実際にはそうなのだろう。


嘘と真実を巧妙に織り交ぜた物語を創作し、噂を流布させ、小説という形で俺と聖明という存在に「物語性」を与えた。

その計算された演出の結果、俺は今、大魔導師として──そして堕天使である聖明を、民に認めさせることに成功した。


大魔導師という地位そのものにはさほど興味はない。

だが、この立場があるからこそ、俺は聖明を公に娶ることができる。彼女が俺のものであると、世界中に向かって堂々と見せつけることができる。


それを考えれば、これくらいの茶番、いくらでも付き合ってやる。

民が望むのであれば、完璧に大魔導師を演じてみせよう。

それが聖明を守る盾になるというのであれば、尚更だ。

耳を澄ませば、怒涛のような歓声の中に、聖明の女性姿に見惚れる驚嘆の声が幾つも混じっていた。


それはそうだろう、と内心で独りごちる。

俺が惚れ込んだ最高の相手だ。男であろうと女であろうと、その佇まいは気高く、凛として美しく、見る者すべてを魅了せずにはいかない。

だが、その内面は案外天然なところもあり、照れ屋で恥ずかしがり屋で──俺にとっては、この上なく可愛い女性ひとだ。


そんな自慢げな思いを胸の奥に隠し、俺は大広場の中央に鎮座する祭壇の階段を一歩ずつ上がっていく。


祭壇の周囲には、一段高くしつらえられた来賓席が並び、各国の要人たちが値踏みするような、あるいは期待に満ちた視線をこちらへ投げかけていた。


その中には、見知った顔も少なくない。

和の国の次期当主、蝶華ちょうか姫とその付き人の咲夜さくや

アトランティスからは王族の末子ソルと、次子のルーナ。

ソルや蝶華姫はこちらと縁があるせいか、親愛をアピールするように陽気な笑みを向けてくる。

その屈託のなさに、俺は思わず口元を緩めた。


祭壇の中央には、魔法都市を象徴する三人の大天使が、白い石椅子に腰を下ろして威厳たっぷりに待ち構えている。

その背後には、俺の隊員である風真をはじめとしたメンバーが、大天使の護衛として粛々と控えていた。


祭壇の上から辺りを見渡せば、この祝祭の全体像がよく見える。

祭壇のすぐ下にはカゴノトリの団員たちが、各堕天使を先頭に規律正しく整列し、静かに「その時」を待っている。


その後方には、地平を埋め尽くさんばかりの一般観客席。

魔法都市の民だけでなく、多くの観光客も混じっているのだろう。

これほどまでの人間が集まっていたのかと感心するほど、広場は人で溢れかえっていた。


少し遠くに見える周辺の建物からも、窓や屋上、バルコニーといったあらゆる場所から人々がこちらを見守っている。


エクソシスト本部も天文所などの一部を一般に開放しているらしく、そちらからも民衆の歓喜の声が絶え間なく降り注いでいた。


次の瞬間、観客席から一人の男が叫び声を上げて飛び出した。

ローブを翻した男は何らかの魔法を放ち、エクソシストの警備網を強引に突破して祭壇へと肉薄する。


「大悪魔様のために……!!!」


男のフードには、悪魔教徒の紋様が刻まれていた。

放たれた魔法が俺に向かって飛来するが、俺は微動だにせず、襲いくる刺客を冷静に見据えた。


周囲の観客から悲鳴が上がり、会場は一瞬にして騒然となる。

だが、この程度の事態は想定内。いや、むしろ「好都合」ですらあった。


刹那、聖明が俺の前に躍り出た。

闇で生成された薔薇の花びらを華麗に舞わせながら、彼女は鋭い闇の茨を展開。

迫る魔法を瞬時に打ち消すと、そのまま男を地面へと絡め取った。


あまりに鮮やかなその手際に、数万の群衆がいたはずの広場から、一瞬だけ音が消えた。


静寂の中、聖明は凛とした立ち姿で言い放つ。


「──“大魔導師様”には、指一本触れさせない!」


──上出来だ。

俺は思わず口角を上げた。

次の瞬間、観客は先ほどを遥かに凌ぐ熱気に包まれ、地響きのような歓喜の声を上げる。


民の盾であり剣である「大魔導師」を、堕天使自らが身を挺して守った。

その光景を目に焼き付けた民衆の中で、「堕天使は大魔導師の守護者である」という印象が決定的なものとして刻まれていく。


茨に拘束された男は、すぐさま龍の部下たちが取り押さえ、粛々と連行していった。

龍は茶番の仕上げとばかりに、恭しく頭を下げる。


「大魔導師様、聖明様。大変失礼いたしました。

……あとは我らにお任せください」


「許す。引き続き、任務に励んでほしい」


龍が俺にだけ見える角度で、不敵に口角を上げた。


──そう。これは仕込みだ。


俺と龍が事前に打ち合わせていた茶番劇。

聖明は何も知らないが、彼女への信用を魔法都市に植え付けるための儀式。

捕縛していた悪魔信徒の一人に暗示をかけ、このタイミングで襲わせたに過ぎない。

聖明であれば、誰よりも早く俺を守ろうと動く。

予想通り、彼女は最高の迅速さで対処し、しかも式典であることを考慮した完璧なセリフまで添えてみせた。


俺は聖明の傍らに寄り、その手を取る。


「ありがとう。……さすがは、“私”の愛しい人だ」


わざとらしく、周囲の耳に届くような声で囁く。

俺の意図を察したのだろう、聖明は小さく笑みを浮かべ、穏やかに頷いてみせた。


「“あなた”のためであれば、当然のことです」


咄嗟の状況でここまで合わせてくれるとは、流石と言うほかない。

その様子を完全に察しているラファエルが、隣で小さく溜息を漏らすのが聞こえた。


……あとで説教されそうだな。俺も内心で、苦笑混じりの溜息を漏らした。


気分を取り直し、俺は名残惜しくも聖明から離れた。

彼女はラファエルの横へと移動し、静かに、だが確かな存在感を放って佇む。

龍はミカエルの傍らに控え、その他の諜報員たちは風真たちと同様に、周囲を峻厳に警戒する。


俺はその様子を視界の端に収めつつ、大天使たちに対し片膝を突き、深くこうべを垂れた。


中央に座すミカエルが席を立ち、古代語で短く詠唱を行う。

すると、巨大な青色の魔石が装飾された杖が虚空から顕現し、石畳をコン、と一突きした。

その乾いた音が響いた瞬間、波打っていた歓喜の声は一斉に静まり返り、広場の空気はピリリと張り詰めたものへと変貌する。


「私の名は大天使ミカエル!

この魔法都市において、神の名の下に大地を統治する手助けをする大天使の一人にして、天からの遣いである!」


その凛烈な声に、観客は完全に沈黙した。次の言葉を漏らさぬよう、誰もが息を呑んで祭壇を見つめている。


「この度は、魔法都市を長年にわたり守り続けてきた大魔導師が、再び皆の前に姿を現すこととなった。

皆も知っての通り、この都市は大魔導師の展開する大結界により、悪意ある悪魔たちの侵攻を阻んでいる。

人口が密集し、我ら大天使が三人も座すこの地は、悪魔にとって格好の標的だ。

そんな地が長きにわたり繁栄を極め、今日に至るまで健やかに生命を育んでこられたのは、偏に大魔導師の貢献があってこそである」


ミカエルの言葉は、音楽のように滑らかに、かつ有無を言わせぬ説得力を持って広場に響き渡る。


「彼は長年、肉体を変え、我らを守るためだけに尽力を注ぎ続けてきた。

しかし、無理な転生を繰り返したその肉体は不完全なものであった。

民に無用な不安を抱かせぬよう、彼は正体を隠し、表舞台に立つことなく我らを護り続けてくれたのだ。


……その彼が今、こうして堂々と我らの前に姿を現した。

それは、かつての堕天使『クロスロード・ナイトメア』の生まれ変わりであり、現在は闇魔法医療科の教授として手腕を振るう『聖明・紅』が、大魔導師の命を完全なるものへと救い上げたからである」


民衆の視線が、一斉に聖明へと集まるのが気配で分かった。


「大魔導師セレスティーナ・ラファベルは、堕天使『聖明・紅』との魂契約により眷属化し、永遠の生を約束された。


これに対し、堕天使という存在に不信感や不安を抱く者もいるだろう。

……だが、案ずることはない。

彼女の民を想う心は、我ら大天使と同じだ。


それを証明すべく、彼女は既に我らとの誓約を交わしている。

これにより、いざという時は我ら大天使が彼女を制することが可能となっている。

我ら大天使を信じるならば、これ以上の絶対的な安全はないとここに明言しよう」


ミカエルの演説を聞きながら、俺は内心で小さくせせら笑った。

俺たちがしでかした「嘘の物語」に沿う形で、これほどまでに完璧な演説を打ってくれるとは。

流布させた噂が確信に変わり、大天使の声明によって、この式典で「絶対的な事実」へと昇華されていく。


民をすべて欺いたこの大嘘は、確かに嘘だ。

だが、言い方を変えただけとも言える。

そして何より、魔法都市にとって「不都合な真実」を隠し通すための、最高に洗練された隠蔽工作でもあった。


まあ……本当の「元・大魔導師」の姿を知られたら、幻滅どころの話ではないからな。


俺の育ての親でもある元・大魔導師。

人格破綻者で、ただの気まぐれで大結界を張った愉快犯。

そこに高潔な大義など欠片もなく、単に報酬が良かったから継続しただけという、身も蓋もない楽観主義者。


あの存在こそが、都市が隠し通さねばならない最大の汚点だ。

それを思えば、こうして美しい物語を捏造せざるを得ない大天使たちも、少しばかり不憫ではあるが。


「今回、堕天使『聖明・紅』の働きもあり、こうして公の場に大魔導師を召喚し、皆に姿を見せることができた。

そして、これからは大魔導師自ら先頭に立ち、大結界という盾を振るうだけでなく、前線で剣としても活躍すると約束してくれた」


……ミカエル様、さらりと「前線で働け」と念を押してきたな。


まあ、今でも軍務があれば悪魔や魔人、魔物の討滅には赴いているし、必要があれば殲滅までしている。

今まで通りエクソシストの手助けをしろ、ということなのだろう。


「それだけでなく、闇を扱う堕天使の存在に恐怖を覚えている民にまで配慮し、大魔導師自ら堕天使の長として、闇魔法医療科『カゴノトリ』の最高指揮官にも就任する。

堕天使たちもこれに同意しており、大魔導師を長と認め、日々業務に励んでくれている」


会場がどよめく中、ミカエル様は威厳を込めて言葉を重ねる。


「確かに堕天使は、悪魔と同じ闇を扱う存在だ。

しかし、光と闇は表裏一体。闇もまた適切に使えば我らの助けとなる力だ。

その力を大魔導師が今後管理することになる。

皆、安心するといい。

魔法都市において脅威になる存在はいないと、再確認してほしい」


堕天使に対する意識の変革。

これは俺の中での最重要事項だ。

大天使の口から直接明言されることで、少なからず民は安心感を覚えるだろう。


同時に、これは他国への強力な牽制にも繋がる。


闇を繊細に操り、理的に制御できる種族は堕天使しかいない。

そんな希少な種族を、魔法都市は独占している。

他国からすれば、隙があれば引き抜きたい存在なのは間違いない。


例えば、アトランティス。

光に溢れかえったあの国では、闇のマナが不足しているがゆえに、光のマナの氾濫による風土病が発生することがある。


その治療法を見つけたのは聖明だった。

アトランティスは聖明を欲しがったが、俺がそれを阻止し、新薬の共同開発を提案することで良好な関係を築くことに成功した。


医療面だけでなく軍事面においても、闇を扱えるというのは強大な力だ。

魔法都市内での堕天使のイメージが悪い隙を突き、どうにか引き抜こうと画策している国は少なくない。


そんな中での、大天使によるこの声明。

如何に魔法都市が堕天使を重用し、その加護下にあるかをアピールすることで、暗黙のうちに「手出しはさせない」と釘を刺している。


しかも、聖明に至っては「誓約により大天使が手を出せる」とまで明言した。

これは一見、彼女を縛るものに聞こえるが、裏を返せば「彼女に手を出せば、大天使が公然と動く理由になるぞ」という警告に他ならない。


今までは堕天使の不利益に対し、大天使は公には干渉しづらい立場だった。

それが今日からは、積極的に関与できる可能性を示唆したんだ。


これこそがミカエルたちの、そして俺の狙いだ。

おかげで俺も、これからはいっそう大手を振って、聖明を守れるというものだ。


「大天使三人を代表し、私、ミカエルが宣言する。

──これより、セレスティーナ・ラファベル!

貴殿を正式に魔法都市の大魔導師として認める!」


ミカエル様が朗々と声を響かせ、その手にある杖を俺の方へと傾けた。


「改めて大魔導師として、そして『カゴノトリ』の最高指揮官として。

民を守る盾として、剣として、その尽力を期待しているぞ!」


杖の魔石から溢れ出した青い光の粒子が、吹雪のように俺の身体を包み込む。

俺は静かに目を閉じ、その祝福を受け入れた。

大天使の加護により、多少なりとも「運」が向上するらしいが……要は、民衆に向けた見栄え重視の演出だ。


「大魔導師セレスティーナ・ラファベル。目を開けなさい」


促されるままに目を開き、ミカエルを見上げる。

彼は杖を横に向け、授与の形式で俺に手渡した。

俺はその杖をしっかりと受け取り、立ち上がって民衆の方へと向き直る。


この杖は、長年エクソシストの保管庫で眠っていた魔導具だ。

複雑な大魔法をあらかじめ記録し、無詠唱で展開できる優れものだが、並の術者では起動すらしない魔力喰らいの骨董品。

ミカエル様が「保管庫の掃除になるから持っていけ」と押し付けてきた代物でもある。


俺の身長を超えるほどの杖など、戦場では邪魔なだけだろうに。

だが、これが「祝辞の品」だというのなら、使ってやるのが礼儀というものだ。


俺は深く息を吸い、民に向けて、そして大切な仲間たちに向けて声を張り上げた。


「大天使の名の下に、私、セレスティーナ・ラファベルは、本日正式に大魔導師へと就任したことをここに宣言する!

民のために力を振るい、これからも守り続けることを約束しよう!」


掲げた杖を合図に、眼下に整列していた「カゴノトリ」の面々が一斉に、鋭く規律ある敬礼を捧げた。

それを見届け、俺は杖に仕込んでおいた術式を起動させる。

魔法都市全域を覆う巨大な魔法陣が足元に、そして空中に幾層もの幾何学模様が展開される。


これまでの結界は、先代のティナが遊び半分で張った代物だった。

調査の結果、地底深くまで届いておらず、地下からの侵入を許す欠陥があった。

そのせいで魔物や魔人の侵入を許す隙を作っていたことが判明した。

過去にエクスシアである瑠璃が亡くなった時、侵入を許してしまったのも恐らく、この欠陥が原因だったのだろう。


だから、俺が一から構成し直した。

以前よりも遥かに強固で、隙のない「檻」へと。


「大魔法──『天使の大結界 (マグヌム・クラウストルム・アンゲロールム)』!」


俺を中心に、光のマナが暴風となって吹き抜けた。

結界内を瞬時に駆け巡り、魔法都市すべてを包み込む球状の障壁が完成する。

古い結界が霧散し、空からは青白く輝く鳥の羽根が雪のように舞い降り始めた。


「おおぉ……っ!」


幻想的な光景に、人々が顔を輝かせて空を見上げる。

地響きのような拍手と歓声が式典会場を揺らした。


茶番ではあるが……喜ぶ人々を見るのは、案外悪い気分ではなかった。


俺は、傍らで佇む聖明に視線を向けた。

彼女は嬉しそうに目を細め、慈しむような微笑みを俺に送ってくれている。


その瞬間、不意に思い出してしまった。

初めて見た、聖明の屈託のない素直な笑顔。

もっとこの笑顔を見たい。

その一心で始まった、俺の不器用な恋を。


俺は、思わず彼女に手を差し伸べていた。


「聖明、こっちに来てくれ」

「え……っ?」

「頼む。側に、もっと近くに」


これは式典の予定にはない、俺の我儘だ。

聖明は一瞬困惑した表情を見せたが、俺の甘えるような眼差しに負けたのか、小さく頷いてその手を取ってくれた。


その瞬間、俺は彼女を勢いよく抱き寄せ、唇を奪った。

冷めやらぬ歓喜の渦中で、この瞬間だけ、世界の音が消えた気がした。


唇を離すと、聖明は顔を真っ赤にしてフリーズしていた。「どうしていいか分からない」と顔に書いてある。


その様子にミカエルは声を殺してクスクスと笑い、ラファエルは相変わらずの溜息。

ガブリエルからは、何とも言えない冷ややかな視線が飛んでくる。


だが、そんなことは関係ない。

聖明が俺のものだと、世界中に見せつけたかった。


ただ、それだけだ。


「せ、せ、せれしゅ……っ」


ようやく口を開いた聖明は、案の定、舌を噛んでいた。

可愛すぎて、思わず笑いが漏れる。

俺は動揺して震える彼女を腕の中に抱き寄せたまま、再び杖を高く掲げた。


後日、歴史にはなんと語られるだろうか。


そんな意地悪な楽しみを胸に、俺は”予定通り”式典を終幕へと導いていった。

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