不可解な絆(犬)
桃太郎という存在が、私にとって唯一信じるに足る光であるはずだった。しかし、旅を続けるにつれて、その光は、私にはますます不可解で、胡散臭いものに思えてくる。特に、あの夜の出来事以来、私以外の二匹が、桃太郎に対して抱いている感情は、私には理解しがたい、異様な執着と映るようになった。
猿は、桃太郎の横で、これまで以上に活発に身を動かすようになった。彼は桃太郎の言葉の一つ一つに耳を傾け、その知的な問いかけに、全身で応えようとする。猿の眼差しは、まるで桃太郎の知性に心酔しているかのように、純粋な憧憬を宿していた。私が彼を見つめていると、猿は、まるで自分が桃太郎に選ばれたことを誇示するかのように、一瞬、得意げな表情を見せることがあった。彼が桃太郎に話しかける声は、以前よりもどこか甘えを含み、その仕草には、まるで幼い子が親を求めるような、無防備な信頼が見え隠れする。その信頼は、私には理解できない。人間社会で自由を奪われ、虐げられてきたはずの猿が、なぜ、これほどまでに桃太郎に心を許すのか。それは、桃太郎が彼に見せた「自由」というものが、私には見抜けない巧妙な罠なのか。
そして、女雉である。あの夜以降、彼女は以前にも増して、桃太郎の傍らを離れようとしなくなった。彼女の瞳は、常に桃太郎の背中を追い、その横顔を見つめている。それは、もはや単なる従者の視線ではない。全身全霊で恋焦がれる女の眼差しであった。彼女は、桃太郎が少しでも立ち止まると、微かな羽音と共に彼のすぐ傍らに降り立ち、その艶やかな羽毛が、まるで偶然を装うかのように、桃太郎の腕や背に触れる。その触れ方に、私は禁断の熱と、深い官能の気配を嗅ぎ取った。彼女は、桃太郎の視線が自分に向けられると、一瞬、陶酔したように目を閉じ、その首筋をそっと晒す。それは、全てを委ねるかのような、危険なまでの誘いであった。
桃太郎は、そんな二匹の異様な執着を、咎めることもなく、ただ静かに受け入れている。彼の表情は、常に穏やかで、何の感情も読み取れない。猿の無邪気な甘えにも、雉の官能的な誘惑にも、彼はただ微笑み、その存在を許容しているかのようだ。彼の瞳は、まるで深淵のように、あらゆるものを飲み込み、何もかもを透明に映し出す。
私には、彼らの間に築かれているこの「妙な信頼関係」が、どうしても理解できなかった。それは、私が知る人間の欺瞞や、獣の裏切りとは全く異なる、不健全な、歪んだ絆のように思えたのだ。確かに桃太郎は、その姿も、その言葉も、そしてその瞳も、恐ろしいほどに魅力的だ。だが、これほどまでに、周囲の存在を無自覚に、あるいは意図的に、虜にしていくとは。彼の純粋さは、私にとっては、ますます胡散臭いものに映るようになった。彼は、自分がどれほどの力で他者の魂を支配しているのか、気づいていないのか?それとも、その全てを承知の上で、我々を操っているのか?
私は、ますます深く、桃太郎の真実を探る必要を感じていた。この旅の終わりに、私が信じることができたのは、彼が本当に「真実」であるということなのか。あるいは、この男こそが、この世で最も巧妙な「嘘」であるのか。私の猜疑心は、その答えを求めて、さらに膨れ上がっていくのだった。