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村の境界で(猿)

桃太郎が花や川に心を寄せる姿は、私には理解できた。彼は、ただ鬼を討つだけの無骨な戦士ではなかった。彼は、この世界の全てに興味を抱き、その奥底に隠された真理を探求しようとしている。それは、我々猿が持つ知的好奇心と共鳴するものであった。

あれは、桃太郎との旅が始まって間もない頃のことだ。我々は小さな村の近くを通っていた。私は木の上から、人間の営みを観察していた。彼らの行動は常に予測可能で、ある種退屈なものだった。規律、抑制、そして隠された欲望。私はその全てを、自由を縛る枷と見なしていた。私にとっての自由とは、木々を縦横無尽に駆け巡り、欲望のままに果実を貪ること。誰にも束縛されず、本能のままに生きることだった。桃太郎もまた、私と同じように束縛を嫌う者だと、その時は漠然と考えていた。

その時、村の娘が一人、泉で水を汲んでいた。その娘の姿は、私がこれまで見てきた人間どもとは異なり、どこか脆く、ひ弱に見えた。桃太郎は、その娘に近づいた。彼は、私のように木の上から急襲するわけでもなく、犬のように地面を這うわけでもない。ただ、あまりにも自然に、あまりにも当然のように、その娘の傍らに立った。

「やあ、娘さん。」

桃太郎の声は、泉のせせらぎに溶け込むように、静かだった。娘は、振り返り、桃太郎の姿を見ると、怯えるどころか、むしろ魅入られたように立ち尽くした。その瞳には、私が理解し難い、しかし確かに存在する甘美な誘惑が宿っていた。

桃太郎は、何の躊躇もなく、娘の頬に手を伸ばした。娘は身じろぎもせず、その指が肌に触れるのを許した。桃太郎の指は、まるで娘の魂を探るかのように、優しく、そして丁寧にその輪郭をなぞる。娘は、その触れ方に、まるで魔法にかかったかのように、全身を震わせた。彼女の頬は赤く染まり、その唇は微かに開かれる。

そして、桃太郎は、ゆっくりと、しかし確実に、その顔を娘の顔へと近づけていった。猿である私は、木の上からその光景を息を呑んで見つめていた。私は、人間が欲望を隠し、規律に縛られて生きるものだと信じていた。だが、桃太郎の行動は、私の知る全ての法則を打ち破っていた。彼は、いかなる制約も、社会的な眼差しも気にすることなく、ただ自身の衝動のままに、娘に近づいている。それは、私が求める自由とは、まるで異なる、しかしもっと深い、もっと本質的な自由のように見えた。

桃太郎の唇が、娘の唇に触れる。それは、短い、しかし無限の時間を内包するような接吻だった。娘は、嫌がるどころか、むしろ桃太郎の首に腕を回し、その身体に寄り添った。その瞳は、恍惚に蕩け、桃太郎の存在に全てを委ねている。娘の吐息と桃太郎の息遣いが、風に乗って私の元まで届く。その甘く、そしてどこか破滅的な香りに、私の全身は痺れるようだった。

「(これが…自由…なのか…?)」

私は、これまで追求してきた奔放な自由が、いかに浅はかなものであったかを悟った。桃太郎が示す自由は、肉体を解放するだけではない。それは、魂そのものを解放し、他者との禁断の境界をも超越する、恐るべき力であった。彼は、人間社会の常識や、道徳という見えざる鎖を、まるで紙切れのように引きちぎって見せたのだ。

桃太郎は、ゆっくりと唇を離した。娘の顔は、涙と汗と、そして官能に濡れていたが、その表情には、一点の悔いもなく、ただ、桃太郎という存在への絶対的な陶酔が宿っていた。桃太郎は、娘の額に、もう一度そっと唇を落とすと、静かに踵を返した。娘は、彼が去るのを引き留めることもせず、ただ、その場に崩れ落ちるように座り込み、夢見心地のまま、桃太郎が去った方向を茫然と見つめていた。

この出来事は、私に深い衝撃を与えた。私は、これまで知らなかった自由の形を、桃太郎によって見せつけられたのだ。それは、私が求める知識の果てにある、真の解放のようだった。桃太郎は、まさに世界を解き放つ者。私は、彼と共に、その深淵を覗き、そして、私自身の自由を、いかなる制約からも解き放ちたいと強く願ったのだ。

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