欺瞞の夜明け(犬)
犬は、あの夜の一部始終を、燃え尽きかけた焚き火の残光の中で見ていた。見てしまった、と言った方が正しいかもしれない。微睡みと覚醒の狭間、かすかに開いた瞼の隙間から、ぼんやりとだが、しかし確かに、あの倒錯的な情景が目に焼き付いたのだ。信じようと、いや、信じるしかないと、半ば諦めにも似た覚悟でついてきたこの男が、よりにもよって、あの高慢ちきな女雉と、あのような……いや、言葉にするのも汚らわしい。
犬の胸中には、言いようのない鉛のような重さがのしかかった。それは、裏切られたという単純な憤りとは少し違った。もっと深く、もっとねっとりとした、人間の、いや、生き物の醜悪さを垣間見てしまったような、そんな嫌悪感に近い感情だった。桃太郎は、犬にとって、まばゆいばかりの希望であり、同時に、この腐りきった世界における唯一の光であったはずだ。だが、あの夜、その光は、女雉の奇怪な欲望に呑み込まれ、そして、自らもまた、その闇へと身を投げ出すかのように見えた。
犬は、もう、何を信じたら良いのか分からなかった。世の理不尽、人間の欺瞞、そして、仲間内の歪んだ情愛。それら全てが、犬の純粋な魂を蝕んでいくようだった。喉の奥に、得体の知れない苦みがこみ上げる。吐き出したい、だが、吐き出す術がない。ただ、じっと、この汚濁を飲み込むしかないのだ。
朝焼けが森を染め始め、ひんやりとした空気が肌を刺す。犬は、ゆっくりと立ち上がった。昨夜の出来事など、何もなかったかのように振る舞う桃太郎と雉の姿が、犬の目には、まるで二つの化け物のように映った。彼らは笑い、語らい、旅の準備を始める。その無邪気なまでの日常が、犬にとっては、ひどく滑稽で、そして、底知れぬ絶望の淵へと突き落とすものだった。ああ、この旅の果てに、一体何があるというのか。犬は、ただ、乾いたため息をついた。その息には、わずかながら、諦念の香りが混じっていた。