神聖なる肉体(女雉)
ある夜、旅の一行は、深い森の奥で野営を張った。焚き火の炎が闇を揺らし、燃え尽きる薪の爆ぜる音が、静寂を破る。
女雉は、いつものように桃太郎の頭上近くの枝に止まっていたが、今夜は、その場所から動けずにいた。焚き火の赤い光が、桃太郎の横顔を照らし出す。そのしなやかな首筋、静かに上下する胸、そしてわずかに開かれた唇。雉の瞳は、吸い寄せられるように、その官能的な光景に釘付けになっていた。彼の肉体は、この陰鬱な闇の中でさえ、神々しいまでの完璧さを保ち、雉の魂を狂おしく揺さぶる。
雉の胸中で、抑えきれない熱情が渦巻いた。彼は、今、この瞬間、何の防備もなく、ただ横たわっている。まるで、私に全てを委ねているかのように。それは、禁断の果実がそこにあるかのようだった。雉は、ゆっくりと枝を伝い、桃太郎が敷いた簡素な寝床へと降り立った。彼女の爪先が、乾いた落ち葉を微かに鳴らす。犬は、その音に反応し、ぴくりと耳を動かしたが、雉はそれに気づかないふりをした。
桃太郎は、深い眠りについているようだった。その寝顔は、昼間の毅然とした表情とは異なり、無垢な少年のようにも、あるいは全くの無防備な存在のようにも見えた。雉は、その寝顔に、かつて男たちに見出した醜悪な欲望の影は一切見出せなかった。ただ、純粋な光がそこにあるだけだった。それが、雉の欲望を一層掻き立てる。この純粋さを、この私だけが知る密やかなる衝動で汚してみたい。その倒錯した願いが、雉の全身を熱くさせた。
雉は、桃太郎のすぐ傍らに、羽音も立てずに降り立った。焚き火の熱が、彼女の顔を熱くする。彼女は、震える脚で桃太郎の胸元にそっと前脚をかけ、ゆっくりと、その顔を彼の顔へと近づけていった。桃太郎の息遣いが、雉の繊細な羽毛を揺らす。彼の肌から放たれる、甘く、清らかな匂いが、雉の理性を麻痺させていく。
「(ああ、桃太郎…貴方だけは…裏切らないで…)」
雉の唇が、桃太郎の唇に触れる寸前だった。
その瞬間、桃太郎の瞼が、微かに、しかし確かに震えた。彼は目を開けた。その瞳は、闇の中で燐と輝き、夜の帳が降りたばかりの深い森の色をしていた。彼は、驚きもせず、咎めるでもなく、ただ静かに雉を見つめ返した。その眼差しは、雉の魂の奥底まで見透かすかのように深く、そして、許容する光を宿していた。
「雉…」
桃太郎の声は、夜の静寂に溶け込むように、微かだったが、その響きは、雉の全身を痺れさせた。彼は、自ら腕を上げ、その手で雉の首筋を優しく包み込んだ。その指が触れると、雉の身体は稲妻に打たれたように硬直した。そして、桃太郎は、自ら雉の顔を、己の唇へと引き寄せた。
二つの唇が重なる。それは、短い、しかし永遠にも感じられる時間であった。桃太郎の唇は、温かく、そして微かに甘い味がした。雉は、全てを忘れてその感触に酔いしれた。かつて男たちから受けた裏切りの記憶が、この一瞬の甘美さによって、まるで溶けていくかのようだった。この男は、私を拒まない。いや、積極的に私の欲望を受け入れている。その事実は、雉の心の奥底に、陶酔と同時に、底知れぬ恐怖をもたらした。