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檻の彼方(猿)

全く、私は信じないね。この世にまともな自由などありはしないと、疾うの昔に悟っていたのだから。


私がまだ青二才だった頃、世間というものは、何とも窮屈なものだと感じていた。あの頃は、風のように駆け抜け、木々を蹴散らして暴れることこそが、唯一の生き甲斐だと思っていたのだ。真夜中に仲間と徒党を組み、村里の裏手を荒らし、人の目を盗んでは、僅かな食い物を漁る。まるで嵐のように駆け抜けるその瞬間だけが、この胸の奥底に燻る鬱屈を晴らしてくれる気がしたものだ。


しかし、その荒々しい生活の裏には、常に虚無が付きまとっていた。一時的な高揚の後に訪れるのは、底知れぬ倦怠と、どこか満たされない飢えだけだったのだ。人間たちは、私たちを「厄介者」と呼び、罠を仕掛けたり、石を投げつけたりする。彼らの目には、どこか冷たい蔑みがあり、それがまた私の心を一層頑なにした。彼らが「秩序」だの「幸福」だのと宣うものは、結局のところ、私たちのような異物を排除し、自分たちの都合の良いように世界を馴らすための、欺瞞に満ちた建前に過ぎないと、あの頃から見抜いていたのだ。


そんな私にとって、桃太郎という男は、幼い頃から理解しがたい存在であった。私たちが徒党を組んで暴れまわっていても、彼はただ、静かに、そしてどこか底の知れない好奇心に満ちた目で私たちを見ていた。他の人間とは違い、彼には私たちを怖れる様子もなく、また、馴らそうとする意図も感じられなかった。妙な男だと、いつもそう思っていたものだ。彼の瞳は澄み切っているのに、まるで感情の奥底が見えない。時折、その口元に浮かぶ微笑みは、純粋そのものに見える反面、何か計り知れないものを隠しているような、妙な不気味さを漂わせていた。彼が桃から生まれたという奇妙な話も、私にとっては所詮、人間たちが作り出す数多の胡散臭い御伽噺の一つに過ぎなかったが、それでも、彼のあの瞳の不気味なまでの純粋さだけは、不思議と私の胸に引っかかっていたのだ。


与えられるきび団子も、熟れた果実も、彼らの掌からこぼれ落ちる施しに過ぎず、私の魂を真に満たすものではなかった。内には、この身を縛る一切の鎖を断ち切りたいという、どこか業火のような衝動が燻っていたのだが、どうすることもできず、ただ諦め顔で日を送るばかりだった。


ところが、あの桃太郎が、まさか私に声をかけてくるとはね。あの頃から、互いに何かしら感じていたものがあったのかもしれない。


彼が差し出したのは、飾り気のない、温かいきび団子であった。それは、これまで私が与えられてきた、甘く腐った施しとは全く異なり、私の乾いた細胞の隅々まで染み渡るような、滋味深いものであった。


「鬼を退治するに、君の力を貸してくれまいか。」


彼の言葉は、命令でもなければ、哀願でもない。あたかも、共に何か面白く、そして常軌を逸した企てを始めぬか、と誘うような、底抜けに明るく、それでいてどこか冷ややかな響きがあった。鬼の支配から人々を解放する。それは、この世に蔓延る、形の見えぬ「鎖」を断ち切り、私が長らく求めていた真の自由を掴むことに繋がるのではないか。彼の理想は、私の内に燻る、抑圧されたる「野生」、あの頃の暴走じみた衝動とは異なる、本物の自由への渇望と、どこか心地よく響き合ったのだ。


私は彼にこの身を捧げようと決めた。この小っぽけな身体で、空を優雅に舞う雉のような美しさも、大地を力強く駆ける犬のような強さも持たない。だが、私は知っている。樹上を駆け、天空に肉薄する跳躍こそ、我ら獣が到達しうる真の自由の境地であることを。桃太郎の示す道は、私が久しく囚われていた「鎖の幻」を打ち破り、本然の輝きを取り戻すが為の、唯一の戦場なのだ。この命が尽きるまで、彼の理想の影となり、共に鬼ヶ島へ向かおう。それは、我ら獣に許された、ささやかなる反抗であり、真の自由への、滑稽なまでの飛翔なのだから。

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