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獣の業(犬)

猿の絶望に満ちた瞳を、私は、ただ見つめていた。その瞳は、私に、桃太郎への憎悪を、そして自分自身の無力さを、容赦なく突きつけてくるかのようだった。しかし、私の身体は、すでに桃太郎の命令によって、固く縛られている。私の内なる抵抗は、恐怖という名の鎖によって、完全に押し潰されていた。

私は、ゆっくりと、その顔を猿に近づけた。猿は、もはや抵抗する力もなく、ただ虚ろな目で私を見返している。その身体は、冷たく、そして生々しい血の匂いが漂っていた。私は、かすかに、その震える手を上げた。その手は、桃太郎にきび団子を与えられた日以来、猿と何度も戯れ、時に獲物を分け合った手だ。その手が、今、友の命を奪おうとしている。

私の爪が、猿の喉元に触れた。猿は、微かに身体を強張らせたが、抵抗はしなかった。彼の瞳は、私を、あるいはその向こうにいる桃太郎を、何を思うでもなく見据えている。そこに、恨みがあるのか、諦めがあるのか、私には判別できなかった。ただ、その瞳の奥には、彼が桃太郎に捧げた狂信的な信仰の残滓が、未だに微かに揺らめいているように見えた。

私は、目を閉じた。私の脳裏には、桃太郎の静かな、しかし有無を言わせぬ命令が、冷徹な響きで繰り返される。

「お前が、猿を始末してこい。」

「彼を、安らかに解放してやれ。」

「我らの旅のためだ。」

指先に、僅かな力を込めた。肉が裂け、血が噴き出す感触が、私の爪を通して、全身に伝わってくる。猿の身体が、一度、大きく震え、そして、そのまま弛緩した。最後の息が、彼の喉から、微かな音を立てて漏れ出した。私の手は、血に濡れ、その温かさが、私を深く、深く汚していく。

猿の瞳は、見開かれたまま、闇を虚ろに見つめていた。その表情には、もはや苦痛も絶望もない。ただ、虚無だけが残されていた。彼の魂は、肉体から解放されたのだろうか。それとも、桃太郎という名の深淵に、永遠に囚われたまま、闇の中を彷徨い続けるのだろうか。

私は、血に濡れた手で、ゆっくりと彼の瞼を閉じた。そして、その場に、冷たい風が吹き荒れる中、呆然と立ち尽くした。友を殺めた。それは、桃太郎の命令によるものだったが、紛れもなく、私自身のこの手が下した行為だった。私の魂は、さらに深く、暗い闇へと沈んでいった。

夜が明ける。猿の命を奪った血の臭いが、私の身体に染み付いている。私は、これから、この血塗られた手で、桃太郎の隣を歩むのだろうか。この業は、一体いつ、どこで終わるのだろうか。私の心は、途方もない倦怠感と、拭い去れない悲哀に打ちひしがれていた。

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