死にたがりの戦士
「危ない!」
そう聞こえた時には、魔物の攻撃から庇うように滑り込んだ仲間の背中が目前にあった。振り下ろされる魔物の鋭い爪も、目の前で揺れる彼女の長い髪も、何もかもが嫌にゆっくりと動いてみえた。
──なぜかその瞬間、つい先日交わした同僚の言葉が頭を過った。
「お前、あそこのチームに入ったのか。可哀想に」
***
噂好きの同僚は、開口一番そう言った。
一体どういうことだろう。研修生を卒業し、待ち望んだチーム分けの結果。正直自分には勿体無いと思ったぐらいだった。
チームリーダーのアリアは隊員の中でも数少ない女性でありながら、実力主義のこの場所で役職につくだけの実績がある。噂に疎い俺ですら彼女の名前は聞いたことがあった。彼女とペアを組んでいるカインのことは詳しく知らないが、少なくともこの2人の戦績は複数あるチームでも上位に入るほどだ。
こちらの怪訝な顔をみた同僚は、周りに誰もいないのを確認したあと少し声を顰めた。
「『死にたがりの戦士』って知ってるか?」
何だそれは。首を振る。
「これはアリアの2つ名で、その名の通り、戦場で自分の死に場所を探してるとか。過去に同じチームになった奴らはアリアの奇行に耐えきれず、チームを抜けたらしい」
戦場に自ら赴いておいて死にたがるなんて、そんなバカな話があるか。現にカインと組んでいる今、チームは未だ存続している。
その時は同僚の話を鼻で笑っていた。
そう、その時は。
***
はたと我にかえる。振り下ろされる魔物の爪がギラリと光った瞬間、思わず目を閉じた。
「戦場で敵から目を離すな!」
怒号とともに2発の銃声が、続けて魔物の耳障りな呻き声が響き渡る。慌てて顔を上げるとそこには銃を構えたカインが立っていた。
すかさず魔物との距離を詰めた彼は、わずかに動きの鈍った巨大にまた1発当てる。今度は魔物は声を上げることもなく地面に倒れ伏した。
ピクリとも動かなくなった魔物からようやく視線を外したカインはジロリとこちらを睨んだ。
「油断したな」
「……はい、すみませんでした」
ほんの一瞬、足元に転がった瓦礫に意識が逸れた。そのわずかな油断が、仲間の命を危険に晒したのだ。
「アリアさんも、すみませんでした」
視線を向けると、彼女は肩をすくめて笑った。
「戦場は経験だ。次から気をつければいいし、カインのおかげで怪我人も出ていない。チャンスは逃したが、良い結果と言えるだろう」
……チャンスとは何を意味するのか。先ほどの戦闘時に思い出した同僚との会話──脳裏にチラつく『死にたがりの戦士』という言葉に頭を振る。
すぐ横でカインが大きなため息をついた。
「アリアさん、あんた新人がヘマするたびに身を挺して庇おうとするのやめてくれませんかね。毎回フォローに入るこっちの身にもなってくださいよ」
「確かに、君には苦労をかける。しかし、剣を構えていたのでは間に合わなくてね。それに、これは私の理想でもある。私が死んだ後でも、君なら確実に魔物を倒すだろうという信頼の証だよ」
嬉しくねぇ、とぼやくカインの言葉を無視してアリアはこちらに微笑みかけた。
「そういえば、君にはまだ話していなかったね。いきなり自らを庇ったせいで仲間が死んだ、なんて状況になったら気に病むかもしれないから説明しておくよ。──私の『理想の死に方』について」
ああ、勘違いであって欲しかった。同僚の信憑性のない噂話だと笑って済ませればどれほど良かったか。できることなら聞きたくないと思うこちらの心中は伝わらなかったようで、彼女は咳払いをしたあと話し始めた。
……話し始めたのだが、まあなんと情熱的で、話の本筋からいくつもそれた長い長い演説だったか。──要約するとこういう話だった。
アリアには同じく魔物討伐を生業とする夫がいたが、彼はある日、逃げ遅れた子供を庇って亡くなった。アリアは酷く悲しんだが、それと同時に栄誉ある死を遂げた夫のことが誇らしく、自らもそういう死に様を望むようになった。
といったところらしい。なるほど、よくわからない。話が終わってから何と返事したか記憶になかった。たぶん「へえ」とか「そうなんですね」と無難な返事をした気もする。
おそらくもう何度も聞かされたであろうカインは、話が始まるやいなや「討伐報告がまだだったな」とか何とか小さく呟きあっという間に姿を消していた。
***
「とにかく、新人。お前は油断しない、隙を見せない、それを徹底しろ。目の前で喜び勇んで死ぬ人間をみたくなければな」
翌日会ったカインからの哀れみの眼差しとともにもらった助言である。黙って何度も頷いた。そんな場面見たくもないし、もし彼女が死んで、残された側に与えられる称号は『足手纏い』である。何としても避けたい。
渦中の人物は、突如現れたという魔物の討伐指示の確認をしている。無線を切った彼女は顔を上げた。
「魔物が発生した地点からそう遠くない場所に町がある。避難が遅れていることもあって、町から離れたところで出来るだけ早く討伐を済ませる」
***
そういう作戦だったはずだが、いざ現場に着くと魔物は2体いた。1体はまだ手前にいるが、もう1体は町の方に進みつつある。これでは1体だけを相手にしているうちにもう1体が町で暴れ回るか、もしくは2体同時に相手をすることになる。どちらも最悪の展開だ。
慌ててアリアを見ると、考え込んでいた様子だった彼女の目が怪しく光った。口に手を当てているが、わずかに口の端が上がっているように見える。
「……チャンス到来だ。私が1体を相手取る。お前たちは先に行って、町に近い方の魔物をやれ」
「たった1人で1体を!?」
普段ですら3人掛かりで1体を相手にする。それぐらい魔物は危険な存在だからだ。いくら彼女が強くても無事では済まない。
そこまで考えたところでふと気づく。
──いや、もしかして、栄誉ある死ってそういうのでもいいのか?
黙って話を聞いていたカインが口を開いた。
「わかりました、手前のは頼みましたよ」
「カインさん!」
「煩い、時間がないんだ。とっとと行くぞ」
薄情なぐらいあっさりと、カインはこの作戦を受け入れた。アリアが手前の敵を引き付けている横を走り抜ける。前を行く冷血漢に思わず叫んだ。
「たった1人で相手をするなんて無茶です!それに、きっとアリアさんは『栄誉ある死』のために相打ちでも良いって思ってます!彼女を見捨てるんですか!」
前を走るカインは振り返りもせずに答えた。
「そんなことは分かってる。ただな、新入り。あの人を舐めてもらっちゃ困る。あの人の『栄誉ある死』っていうのは妙なこだわりがあって、手を抜いて死ぬ、なんてことはしないんだよ」
「それってつまり……」
立ち止まり、目の前の魔物から目を逸らすことなく彼は笑った。
「つまりあの人、結構強いから、どんなに望もうと栄誉ある死なんてそう簡単には来ない」
……なんだよ、それ。
つられて笑ってしまう。
同時に、武器を構える手に力を込めた。
よそ見も油断もできない。1番のチャンスを俺が作ってしまえば『死にたがりの戦士』がすぐに飛んでくる。
ほら、もう後ろの方から「弱すぎる!」と悲痛な叫び声が聞こえてきた。