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婚約者との対面


ーーーコンコン


「リディアナ様、おはようございます。お入りになってもよろしいでしょうか?」


朝、起床をしてすぐに扉が鳴った。それに「どうぞ。」と返事をすると失礼します、と言う声と共に一人の女性が部屋に入って来た。


歳は20代半ばくらいであろうか。綺麗な茶色の髪を一纏めに束ね、その顔付きは少し緊張しているようであったが、美人で優しそうな雰囲気の女性が立っていた。


「おはようございます。私、皇太子殿下からリディアナ様の専属侍女を任せられました。ナタリーと申します。よろしくお願い致します。」


「こちらこそよろしくね。」


フワリと微笑めば、安心したような表情をしたナタリー。


(侍女を就けてくれるのね。てっきり、ハジャイロの宿のように不当な扱いを受けると思っていたわ。)


「早速ですが、本日は皇太子殿下との謁見が控えておりますのでご準備をさせていただきます。」


それからナタリーは早速、準備に取り掛かってくれた。


手際の良いナタリーのおかげで、鏡を見ると綺麗に着飾った自分が立っており、ストレートの髪の毛を触ると、昨日とは違いサラサラで潤っている事に満足した。


「ナタリー、ありがとう。」


(やはり、自分で支度をするよりも手伝ってもらった方がスムーズだわ。)


フワリと微笑めば、それまでは不安そうな表情をしていたナタリーも安心したように笑い返してくれた。


それからしばらくすると、ウィルバートが部屋に迎えに来たので、それに続いて後ろを歩く。今から私の婚約者になる皇太子殿下に挨拶に行くのだ。


私の部屋からは少し距離があるらしく、王宮内を歩いていた。昨日は夜だった事もあり、数が少なかった騎士や侍女も今日はたくさん歩いている。


皆、初めはすれ違い様にウィルバートにお辞儀をするのだが、後ろにいる私に視線をやると顔を赤くする者、目を見開いて固まってしまう者がいた。


(どうしたのだろう。一人で着たから何処か変なのかな。)


自分の着ているドレスを目で見て変な箇所が無いか確認する。うーん、至って普通だと思うけど、それからも、そんな表情をさせる事が多く戸惑っていると


「くすくす、大丈夫ですよ。皆、リディアナ様があまりにも綺麗なので驚いているだけですよ。」


そうフォローをしてくれたのだが、「皆さん銀髪が珍しかったりするんですかね?」と、答えると更に笑われてしまったのであった。



ーーコンコン


「ウィルバートです。アイルバーン王国王女リディアナ様をお連れしました。」


そう言うと、両扉の左右に立った騎士が同時に扉を開けてくれる。その二人にチラッと見て、軽くお辞儀をすると、一人は顔を赤くして、一人には顔を逸らされてしまった。


(やはり先程、廊下ですれ違った人達と同じ表情をされるなー。)


なんて思っていたら、扉が完全に開かれていた。


中に入るとレッドカーペットが敷かれており、その左右には近衛騎士であろう騎士達がズラリと並んでいる。騎士達の少し後ろにはずらりと天井までの大きな窓ガラスがレッドカーペットを囲むようにあり、眩しいくらいの太陽の光が差し込んでいた。


レッドカーペットの先を見ると、一人の男の人が階段上にある椅子に座っているのが分かる。妙な威圧感からこの方が皇太子殿下なのだろうと察する。


前を歩くウィルバートに続いて階段下まで歩き、途中で立ち止まったウィルバートよりも更に進んで止まる。


そして、頭を下げ深く腰を下げるとスカートを持ち、カーテシーをした。


「アイルバーン王国王女、リディアナ・フォ・アイルバーンでございます。この度は婚約のお申込み深くお礼申し上げます。」


下を向いたまま、皇太子殿下の言葉を待つ。


「面をあげよ。」


その言葉に思わず安堵してしまう。思っていたよりも自分が緊張していたようで、誰にも気付かれないようにこっそりと息を吐いた。


そうして、ゆっくりと顔を上げた。


私が顔を上げた先に座っていたのは、脚を組み、肘掛けに肘を付き、漆黒の黒髪に瞳は見た事も無い程、綺麗な赤色の瞳をした美しい男性だった。


だが、その瞳は切長で鋭く、肌は白くも無く健康的な肌色をしていたが、その肌はここから見てもきめ細やかなのが分かる程、綺麗な肌をしていた。鼻は綺麗に整っており、唇は薄く、だが、ほんのりと赤みを帯びていて、それがまたとても似合っていた。


「私が、グランバルト皇国の皇太子である『リシャール・デ・グランバルト』だ。」


この人がグランバルト皇国の皇太子。次期、皇帝陛下になるお方。確かに、その赤い瞳は暗い、冷たい瞳をしており、その表情からは何の感情も読み取れなかった。


『リシャール・デ・グランバルト』と言えば、この辺りでは知らない者がいない程の有名人だ。父である皇帝陛下の第一子にし、母は隣国の王女であった皇后陛下だ。


だが、その噂は人間としての感情を持たない、冷酷で冷徹、最恐の皇太子とも呼ばれ、現在の皇帝陛下よりも万能で強く、もう時期に皇帝陛下の座に就くのではないかとも噂されていた。


「リディアナ様、私はリシャール様の側近を務めております。『エリック・デ・ジョルジュアーク』と申します。長旅、お疲れ様でした。昨日の賊の襲撃の件は、護衛が任務を遂行する事が出来ず、貴方様に剣を握らせてしまい申し訳ありません。この度の件につきましては、リシャール様の側近として代わりに謝罪をさせて頂きます。申し訳ありませんでした。」


リシャール様の斜め後ろに立っている、エリックと名乗った男性は、緑色の髪に茶色の瞳、銀色の眼鏡を掛け、ウィルバートやリシャール様とはまた違った、整った顔をしていた。


「いえ、怪我もありませんし大丈夫です。それよりも騎士の方達が命に関わる怪我をしなかった事が何よりですわ。」


そう言うと、前方の二人が密かに驚く気配がした。


「我が国の騎士の心配をして下さるのですね。」


「えぇ、騎士の方達には、体を張って守って頂く機会が多いので、騎士の方達に怪我がないのが一番です。」


「そう言って頂けて、騎士もきっと光栄な事でしょう。」


エリックがチラッとウィルバートをみて言えば、その視線に気付いたウィルバートが穏やかそうな表情で「はい。それは、騎士としてとても嬉しいです。」と答えた。


そのウィルバートの表情にエリックとリシャールは少しばかり驚いた表情をした。


「おや、あのウィルバートを手懐けるとは……」


「手懐けるって私は猛獣か何かか」


「似たようなものでしょう。」


エリックがクスクスと笑うと、少し不機嫌そうなウィルバート。


「リディアナ嬢、すまない。この二人は幼い時からこうやってすぐに言い合いを始めるのだ。気にしないでくれ。」


相変わらず無表情な顔でそう言うリシャールに、今度はリディアナが驚く番だった。そう言うリシャールからは、無表情だが二人を信頼しているのが分かる程、優しそうな声色だったからだ。


(アイルバーン王国で聞いていた噂は違ったのかしら?)


皇太子殿下からは、アイルバーン王国で聞いていたような冷酷という印象は見られなかった。確かに、無表情ではあるがその瞳や声からは、エリックやウィルバートに対する温かみが感じられたからだ。


それから話があるという事で、すぐに謁見の間から皇太子殿下専用の執務室へと場所を移した。


中は綺麗に整えられており、殿下専用であろう大きな机に、三人掛けの豪華なソファが二つ、その間にはローテーブルが一つ置かれていた。


その三人掛け用のソファにリディアナは一人で座り、その前方にはリシャールが腰掛けている。その後ろにはもちろんエリックが控えており、リディアナの後ろにはウィルバートが控えていた。


エリックが淹れてくれたお茶を飲んでいると、ふとエリックからの何かを探るようなそんな視線を感じた。


「ですが、本当にリディアナ様にお怪我が無くて安心致しました。」


だが、そう言うエリックの言葉に思わず怪訝な顔をしてしまった。


(賊を使ったあんな、バレバレな馬車襲撃を装っておいて良く言うわね。きっと、仕組まれた事だと私が気付いていないとでも思っているのね。)


「くすくすくす、エリックは面白い事を言うのですね?」


「私が面白い、ですか?」


リディアナの挑発するような言葉にエリックが反応する。その反応はエリックだけでなく、エリックの斜め前に座っているリシャール、それにリディアナの少し後ろに立っているウィルバートも眉間に皺を寄せていた。


(私が挑発した事が分かったようね。この三人は、馬車の襲撃に私が気付いていると知ったらどうするのかしら?)


「だって、まさかあんな余興考えてくれているとは思っていなかったんですもの。」


「余興?」


「あら?違いましたの?私はてっきり、わざと馬車を襲わせて私を楽しませてくれたのかと思っていましたわ。」


首をこてっと傾けて、惚けたような声色で言うと三人は表情を変えた。特に、リディアナと直接会話をしていたエリックは驚いたように目を見張っていた。


「それとも、私を襲わせた理由が何かおありですか?」


瞳を鋭くし、その表情からは何の感情も読み取らせないように表情を消し、殺気を放った。


(私の無表情は怖いとお兄様やお父様からのお墨付きよ。どうするかしら?)


直接、殺気に当てられたエリックは自分の額がジワリと汗ばむのを感じていた。その殺気に当てられ、リディアナから目を離せない。


(ーー!!ま、さかここ、までとは。)


エリックは、蛇に睨まれた蛙かの如く身体を動かす事を忘れていた。


「エリック、大丈夫か。」


リシャールがチラッと後ろに立つエリックに目を向けると、

はっ、としたようにエリックがリシャールに視線を向ける。それに、小さく「はい。」と返事をしながらも、顔色の悪いエリックが立っていた。


(エリックをこんな風にするなんて、只者じゃないな。それに、あの殺気は………)


リシャールは自分が興味を持っていた人間がそれ以上に興味を唆る人間だと知り少し高揚した気分になった。


「あっ、いやー、リディアナ様?襲わせたってどういう…」


エリックを心配したのだろう、そんな雰囲気を破るように唐突にウィルバートが口を開いた。チラッと斜め後ろを振り返れば、真剣な顔付きだが、やはり少し焦ったような表情をしたウィルバートと目が合った。


「ん?どういうって、あの馬車が襲われたのって計画よね?そうじゃないと不可解な点が多過ぎるもの。」


「気付いていたのか?」


リシャールもさっきの仕返しだとばかりに、険しい顔付きをしたリシャールがリディアナを睨んでおり、隠そうとしない殺気が漏れている。


(なるほど。美形の凄みは怖いわね。)


だが、そんな殺気が前世で暗殺者として生きていたリディアナを怖がらせることなど出来る筈もなく。


「えぇ、ウィルバートの様子がおかしかったし、騎士団の動きや賊の男達の動きも変だったわ。普通の姫なら気付かないかもしれないけど、私は剣姫よ。もちろん気付いていたわ。」


「いつからですか!?」


先程よりも大きな声でリディアナに質問するウィルバート。自分の名前が出たからだろう、いつからリディアナが気付いていたのか本当に知りたいようであった。


「うーん、馬車が襲われる前かしら?ウィルバートがソワソワしていたから何かあると思っていたわ。」


「なっ!そんな、前から………」


まさかそんなに早い段階から気付かれていたとは思わなかったのだろう。ウィルバートが驚いた顔をしたのち、落ち込んだような表情をしていた。


ショックだったのか落ち込んだままのウィルバートと、殺気に当てられて今だに動けなくなっているエリック。


「ふふっ、貴女は面白いな。」


ふ、と前方からくすくすと綺麗な笑い声が響いた。前には笑みを浮かべ口を微かに開けて笑う皇太子殿下の姿があった。


リシャールのその表情に驚いたのは、リディアナだけでなく側近であるエリックとウィルバートも同様だったようで目を見開いて驚いていた。


「「リシャール様が笑っている。」」


エリックとウィルバートの声が被って聞こえたが、本人達はそんな事にも気付いていないようで驚いた表情でリシャールの顔をガン見していた。


(この人こんな風に笑うのね。)


私達の視線に気付いたのだろう。


「あぁ、すまない。」


「殿下、私の何が面白いのですか。」


笑われた事を不貞腐れたように少し口を尖らせて言えば、殿下が口角を上げた気がした。


「貴女がエリックを動けなくしたり、ウィルバートを焦らせているのが面白くてね。」


「だってそれは、そちらが変に隠すから悪いのですよ。私は馬車が襲われた件もハジャイロでの宿の件もなんとなく理解しております。」


「宿の件も理解していると?」


「はい。私をお試しになられたのでしょう?」


「ふふっ、これは参ったな。私が想像していたよりも貴女は頭が良いみたいだ。」


「それで?あの馬車を襲わせたのは何故ですか?」


「あれは、すまなかった。君の別名が気になってしまい、ああいう方法を取ったんだ。」


(グランバルト皇国と私は全く関わりが無かったはず。それなのに私の別名を知って、私が気になったという事は、誰かに直接、私の話を聞いたと言うことよね。それなら………)


「隣国の王太子に私の事でも聞きましたか?」


リディアナの言葉にリシャールは驚いたように少しだけ目を見開いた。


「あぁ、そうだ。何故分かった?」


「だって、ネレスティア王国は友好国でしょう?あそこの王太子殿下が私に興味を持ったのは分かっていましたから。」


なるほど、とリシャールが頷く。


ここグランバルト皇国と隣国のネレスティア王国は数年前から友好国となり交流をしている事は聞いていた。


(あの、ネレスティア王国の王太子は強かったけど、とにかく癖があり過ぎる人だったわ。) 


「もしかして、ネレスティア王国の王太子を思い出しているのか?」


その言葉にリディアナが「はい。」と頷く。


「あいつは、変わった男だっただろう。」


「そうですね。確かに戦場で熱烈に婚約を申し込まれましたわ。」


「だろうな。あいつは根っからの女好きだからな。」


あろう事か、戦場で会ったのに剣を交えながら婚約を申し込まれたのだ。そんな出来事は初めてだったからよく覚えている。


(そうだわ。あまりにも煩わしくて気絶させたんだったわ。その出来事を知っているようね。)


「戦場での出来事はネレスティアの王太子から話は書いている。」


「そうなのですね。それで、王太子殿下を気絶させた私に興味が湧いて馬車襲わせたという事ですか?」


「あぁ、そうだ。決して危害を加えようとした訳ではない。」


「それは、分かっています。私が賊の男に捕らわれた時のウィルバートの殺気が凄かったですし、助けようとしてくれていたのでしょう?」


後ろに立つウィルバートを振り返れば、少し気まずそうに視線を下げ小さく「はい。」と返事をした。


「一国の王女にここまで読まれているとは、ウィルバート、お前もまだまだだな。」


リシャールがそう言えば、ウィルバートが申し訳なさそうに謝った。


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