薔薇園②
でも、この二人からは良い話が聞けた。実は薔薇園に来たのには騎士からあの襲撃の日の話を聞いてみたかったからだ。この二人は、あの襲撃が茶番だった事を知らないようだけど一体どこまでの騎士があの襲撃の事を知っているのか不思議だった。
それに、私の前に居たという婚約者。私の前にも婚約者が居たと言うのにも驚いた。それに、フィリップの言葉から私と同様にあのハジャイロの宿に泊まり、馬車襲撃の被害にも遭ったという事が分かる。でも、国に帰ったと言っているし、今はグランバルトに居ないのだろう。確かにあの襲撃は、普通の姫からしたら怖かっただろうし、トラウマ物かもしれない。
それに普通の姫があの宿での宿泊に耐えられる筈もないし、グランバルトからの対応に暴言を吐いたのも納得だった。
と、なると婚約を破棄したがるのは自然の流れだし、グランバルトからしてもトラウマで心を病み、暴言を吐く姫を妃に迎える訳にもいかなかったのだろう。
(でも、殿下は何でこんな事してるんだろう。)
そもそも婚約破棄が目的だったりするのかもしれないわ。それだったら、侍女を付けずに不自由な生活をさせているのも納得できるけどグランバルトから人質同然に婚約を申し込んでおいて不思議だわ。
もし、この憶測が本当なら申し込まなきゃ良いと思うのだけど。でも、皇帝陛下は嫁を娶るのを人質と考えているとお父様が仰っていたし。リシャール殿下が何を考えているのか全く分からないわ。
***
「エリック、あの女はどうしている?」
「あの女というのは、リディアナ様の事でしょうか?」
「あぁ。」
「リディアナ様でしたら騎士と薔薇園に向かわれたそうですよ。」
「騎士と薔薇に?……そうか。」
「ウィルバートが言うには、リディアナ様はお暇があれば扉前の護衛と他愛も無い世間話をし、一日を過ごしているそうですよ。それに、あの容姿なので、今ではリディアナ様に好意を抱く騎士も多いのではないでしょうか。」
自分でそう言いながら、一週間前に会っただけのリディアナ様の容姿を思い浮かべていた。確かに、あの容姿は悪くなかった。私は特に女性に対して綺麗だとか、可愛いだとか思った事は一度たりとも無かった。
ましてや、女性の容姿に見惚れるなんて事、自分には起きえないと思っていたのだが、確かに顔を合わせたあの瞬間、一瞬だが時が止まった気がした。銀髪は窓ガラスからの陽の光でキラキラと輝いていて、あの薄紫の瞳は宝石のように美しかった。私が女性に対してこんな事を思うとは。
「リシャール様、リディアナ様をどうなさるおつもりですか?あの方、以前の婚約者の方とは違うようなので、婚約の話は無くならないかと思いますが」
「このままではそうだな。」
「なら、皇帝陛下を説得するしかないでしょう。」
「あの狸が俺の話など聞くとでも思うか。前回の王女のように国に帰って貰えばいい。」
リシャール様が自分の父親に対して良い感情も持っておられない事はもう昔からだ。この人とあの方の間には親子のような温かい関係はない。だから、戦争の勝利品として他国の王女との婚約を勝手に取り決め、グランバルトに嫁がせて来るのだ。
それがもう、これで二回目だ。無理矢理決められた婚約を破棄したくて前回の王女には不当の扱いをした。その結果、あまりにも貴族からの反感が多く、皇帝陛下が無理矢理、国に追い返したのだった。
人質同然の婚約だが、皇帝陛下はあまり他人に興味すら抱かない。だから、前回の王女が国に帰った所で、その国をどうにかする事も無かった。
それは、まさにリシャールが望んでいた通りの結果になった。しかし、それから三ヶ月も経たずに次の婚約者が決まったのであった。それもその国とは、昨年戦争で戦ったばかりのアイルバーン王国であった。
アイルバーン王国にはこちらも膨大な被害を受けた。だからか、グランバルト皇国はアイルバーン王国に対して良い感情を抱いていない。
私が指示をしなくても、アイルバーン王国の姫は虐げられる対象となるだろう。それを分かった上で放っていた。
前回の王女のように騒ぎ立てて反感を買って貰おう。あの姫には申し訳ないが、そのまま虐げられていればいい。
(早く自分の国に帰るなりすればいい。)
「そういえば、薔薇園に居るのなら、ここからでもリディアナ様が見えるのでは?」
ここは、城の三階王族区域スペースにある皇太子専用の執務室だ。ここの窓からは、少し離れてはいるが、ちょうど目の前に薔薇園がある。今まで窓から薔薇園など見た事も無かったのだが、ふとリシャール様の婚約者であるリディアナ様がどんな顔をして薔薇園に居るのか気になった。侍女が居ない中での生活はきっと初めてだろう。あの初めて会った日から一週間経つんだ。どんだけ憂いを帯びた表情をしているだろう。窓ガラスに近付いて、窓を開けると風と共に甘い薔薇の匂いが執務室に入ってくる。その瞬間、執務室の机上にあった書類が少し舞ったのが見え、リシャール様が迷惑そうに俺を睨み付けるのが分かった。
「申し訳ありません。リシャール様。」そう言ってすぐに、書類を拾おうと、一瞬だけ薔薇園に視線を向けた。
「ーーーーーーーー」
「ーー?エリック、どうした。」
私が書類を拾おうとしたのに薔薇園を見て固まってしまったからか、怪訝な表情を浮かべるリシャール様。そんな私の傍にリシャール様が近付いて来るのが分かる。
「リシャール様、あれ………」
私が指を差した先には、騎士二人と一緒に居るリディアナ様の姿。でも、その姿は
「笑っている。」
隣りからリシャール様が驚いている気配を感じる。そうなのだ。まさに、私達が見ている先にいるリディアナ様は騎士二人と話をしながら笑っていたのだ。時折、薔薇園の中を小走りで駆けたり、薔薇の匂いを嗅いだりしながら屈託もない笑顔を見せていた。
リディアナ様が小走りで走ると、その後ろを焦ったように騎士二人が追い掛けている。そんな騎士二人を振り回しながらもクルクル回るリディアナ様は、薔薇の妖精みたいにとても綺麗だった。その時だった
「ーーーーーー!!」
こちらの視線に気付いたのだろう。私達二人を見つけると少し目を見開いて驚いたような表情をしたリディアナ様。だが、その次の瞬間、ヒラヒラと綺麗に手を振っていた。
それに驚いて、手を振り返すのを忘れてしまったが急いで私も笑顔で手を振り返した。すると、それに安心したのかニコッという効果音が付きそうな程可愛らしく笑っていた。
ふと、リシャール様はリディアナ様を見てどんな表情をしているのだろうと気になった。こっそり、隣りに立つリシャール様を見遣ると
(ーーー!!これは、、)
目を見張ってリディアナ様を見るリシャールが居た。こんなリシャール様の表情初めて見るかもしれない。女性に対していつも無感情で何の興味も示さないリシャール様がーー。これは、もしかしなくても、本当にいけるかもしれない。
リシャール様のそんな表情は、一瞬だけでそんな表情を隠すようにすぐに執務机に戻ってしまったが、やはりあのリディアナ様であれば、リシャール様の氷の心を溶かす事ができるのかもしれない。この方は産まれた時から可哀想なお方だ。愛情とは無縁に育ったリシャール様。この方には幸せになって欲しいと思っている。それは、私だけではなく、同じく側近であるウィルバートも同じ事を思っている。
どうか、この方に愛情を知って欲しい。そう俺が思っているのを知ればリシャール様は、きっと笑うのだろう。