薔薇園①
リシャール様への挨拶から一週間が経ち、私は意外にも平穏な日々を過ごしていた。相変わらず、侍女は居ないので自分での身支度はしているが、それにももう慣れ、ドレスの着脱も化粧も短時間で一人でできるようになっていたから、不便無く過ごしていた。
食事は三食共に自室の机の上に運ばれて来る。グランバルト皇国の方から良く思われていないようなので、質素な食事が運ばれてくるのだろうかとも思っていたのだが、意外にも王族らしい立派な食事が運ばれて来るので助かっていた。
それに、もう一つ変化があった事と言えば、ウィルバートや騎士達だ。私の自室の前にはあれから当番制で騎士達が立っている。
私が困っていれば助けてくれるし、話し掛ければ、いつも優しく言葉を返してくれるようになった。なので時折、廊下に出ては騎士と話を楽しむのも日課になっていたし、部屋の中には意外にも、本が揃っていて、グランバルト帝国の本は珍しい物が多く、本好きな私にとってはとても興味が惹かれるものでもあったから、意外にも快適に過ごす事が出来ていた。
(でも流石に毎日、部屋に引き篭ってばかりいるのも退屈なんだよね。ここ三日間、外には出ていないし、本ばかり読んでいるからそろそろ外に出たいな〜)
「騎士様、少しお外に出たいのですけど、いいかしら?」
部屋の扉を開けて、扉の両隣りに立つ騎士二人に話し掛けた。
「何処かに御用ですか?」
「特に用は無いのだけど、ずっとお部屋にいるからお外を散歩したいの。ダメかしら?」
すると、二人の騎士は顔を見合わせて「まぁ、王城内ですし。いいんじゃないですかね?」「そうですね。一応、王城内であれば外に出ても良いとは言われているので」と二人で納得したように話した後、了承してくれた。
それからすぐに、二人の護衛と共に庭園へ向かって歩いていた。
「二人の名前は?」
「私は、せシリオと言います。」
「私は、フィリップです。」
茶髪の髪に濃い碧色をの瞳をしたのがせシリオで、金髪に焦げ茶色の瞳をしたのがフィリップだ。二人とも女性受けしそうな優しい雰囲気を纏った騎士だった。
「二人共、私に付き添ってくれてありがとう。」
「いえ、これも私達のお役目ですから。」
「そうですよ。リディアナ様はお気になさらないで下さい。」
二人の言葉に嬉しくなった。最近は、せシリオやフィリップの様に優しく接してくれる騎士が増え、良い関係を築けつつあったからだ。
「グランバルト皇国の王城には立派な噴水があるのね」
「はい。この噴水は毎日十六時になると、ちょっとした仕掛けがあるんですよ。」
「仕掛け?何それ?気になるわ。」
「今は、秘密です。また今度、御一緒しますよ。」
「そうですよ。それまでのお楽しみです。」
「まぁ!それじゃ、楽しみにしておくわ。」そう言うと、二人とも優しく「はい。」と返事をしてくれた。
「この噴水の先に薔薇園があるんですよ。」
「本当ね。薔薇のいい匂いがしてきたわ。」
城に初めて来た時に見た、大きくて綺麗な噴水は水面がキラキラと輝いて見え、その水の音が時折とても心地良かった。噴水を通り過ぎると、だんだん薔薇のいい匂いがして来た。フィリップが指を差した方角には、たくさんの木が生えており、その先には立派な温室があるのも分かった。
「あれは、温室かしら?」
「あぁ、そうですね。今は誰も使用しておらず、花も咲いていないと思いますよ。」
「そうなのね。誰もお花を育てないのかしら?」
「亡くなった皇后陛下がお花のお世話が好きだったと聞いた事がありますが、他の方は誰も花を愛でる事はしないですね。」
「ーそうなの。少し勿体無いわね。」
アイルバーン王国の王城にはたくさんの花が咲いていた。もちろん、温室もあり温室には春夏秋冬関係なく、その花の気温に合わせて温室の温度も調節し、花の世話をした。その花々達はとても美しく咲き、舞踏会やパーティでは私の育てた花を良く飾らしてもらって楽しんでいた。
その温室を過ぎれば、すぐに遠くからでも分かる程、色鮮やかな景色が広がっていた。赤、黄、白、ピンク、青、紫、オレンジと、色々な色の薔薇が綺麗に纏まって咲いており、無意識に見惚れてしまっていた。
「ーーこれは、見事ね。綺麗だわーーー。」
薔薇園の中に足を踏み入れると、右側には赤色、左側には黄色、数歩歩けば、右側はピンク、左側はオレンジと、すぐに色が変わり、歩く度に色々な色の薔薇を楽しむ事ができた。中には薔薇のアーチまであり、歩く度に色々な色のアーチを楽しむ事ができるようになっていて、時折ある男性の身長以上はある薔薇のポールも迫力があり綺麗だった。色々な色の薔薇が咲き乱れ、まるで一つの巨大迷路のような薔薇園に一瞬にして心を奪われてしまった。
「今、この薔薇園は誰が手入れをしているのかしら?」
「確か、庭師のアレクと言う男ですよ。」
「少し気難しい爺さんなんですけど、花への愛情は人一倍です。リディアナ様も花が好きなのであれば、きっとお話がお合いになると思いますよ。」
「そう。いつか是非、お会いしてみたいわ。……………………あら………このお花の色…………。」
ふと、目の前に咲いているワインレッドの薔薇に目が留まった。このお花あの人の目の色に似ているわ。あの人とはそう、一週間前に会った私の婚約者の皇太子殿下だ。鮮やかな赤色と言うよりも少し深い赤色は、まさに一週間前に会ったあの人の瞳と同じ色だったーー。
あれから一週間経つが、あの日から皇太子殿下とは一度も顔を合わせる事は無かった。どうやら、この王城内には居るらしいのだが、部屋に引き籠もっている私は会う機会すら無かったのだ。
「ーーそう言えば、セシリオとフィリップは、私のお迎えに国境付近まで来てくれたの?」
「あっーーーはい。俺達も行きましたよ。」
「そう。じゃあ、あの日の襲撃は大変だったわね。怪我は無かった?」
「はい。俺は怪我はありませんでしたよ。でも、フィリップは怪我したよな?」
フィリップの方をニヤニヤした顔付きで見るセシリオ。それに、「おい!セシリオ!わざわざ言うなよ。」と、少し不機嫌になるフィリップ。
「あら、フィリップそうなの?もう、動いて平気なのかしら?」
「ご心配ありがとうございます。しかし、怪我と言っても相手の感が少し腹に掠っただけでしたので、たいした怪我では無かったです。」
「そう。でも、掠り傷といってもれっきとした怪我なんだから、きちんと手当は続けるのよ。」
「はい。リディアナ様に心配して頂けるなんて嬉しい限りです。」
(ここからが本題ね。良い収穫があると良いのだけど)
「ふふっ、それは嬉しいわ。ありがとう。でも、グランバルト皇国って結構、賊が多かったりするのかしら?アイルバーン王国では、馬車が襲われる事なんて無かったから、王族専用の馬車が襲われて驚いたのよ。」
「そう、ですね。日常茶飯事って程では無いんですけど、最近はよく襲われる事が多いんですよね。」
「あら、そうなの?もしかして、リシャール様の馬車が襲われたり?」
「いや、皇太子殿下の馬車を襲おうなんて考える賊はいませんよ。でも、殿下に対して反感があるやつらはあいるみたいで…………婚約者の方を襲う賊が多いんですよね。」
「……婚約者を?」
「はい。実は、リディアナ様がいらっしゃる前にお一人の婚約者の方がいらっしゃったんですけど、馬車に襲われたり、宿が気に入らなかったりで、こちらの対応を不満に思っていまして、あまりの憤慨ぶりに皇帝陛下から婚約を破棄され、現在はお国にお戻りになっているかと思います。」
「そうなんですよ。まあ………あの方は、暴言も多かったですし、騎士への扱いも酷かったので、帰って頂けて私達騎士は安心致しました。」
「そうです。あの宿での暴言の数々は、あれは、思い出したくも無い記憶ですね。」
「宿って言うのは?」
「宿って言うのはですね、リディアナ様がお泊りになられた「リディアナ様、これ以上はお話できません。」あ、あぁ、そうだな。申し訳ありません。私達の口からは前婚約者の方のお話は出来かねます。申し訳ありません」
きっと、前の婚約者の話はしないようにと言われているのだろう。セシリオがフィリップの発言を迫った事でこれ以上は話を続ける事が出来なくなってしまった。
確かに普通だったら以前の婚約者の方の話なんて話さない様に言われているのだろうけど、それが原因ではないわよね。