博士と私の小さな夜
「もしも願うことと逆のことが実現する力を持ったら君はどうする」
突然博士から出された問いは二人だけには広すぎる室内の中をさっと響いた。
「どうって……、もし願うことと逆のことが叶うなら困るじゃないですか」
「そう」
博士は相変わらず分厚い本を無意にペラペラとしていた。
「だがこう考えればどうだね。ある日、君は待ちに待った彼女とデートをすることになった。しかし君は不用意にも待ち合わせ場所を間違えてしまった。その時に君はこう思わないかい? ああ、間違えてしまったと」
「そりゃあ思いますよ。でもそれがどうかしたのですか」
「ふむ、君は少し考える癖をつけた方がいいと考えられるな」
むっ、とする私を気にせず博士は続けた。
「君が先程言った力を持っているとしよう。するとどうなるかな」
私は今度こそ博士に嫌みを言われないよう顎に手をあて考える。いつからかこうして考えるのが癖になっていた。
「……、そうか。間違いは間違いであったのが間違いでなくなる」
「その通り」
博士は少しニヤリと笑った。
「負の力は正の力に加えると負の力となり、負の力を負の力に加えると正の力となる。なんとも不思議なものだ」
「まるでかけ算ですね」
はははと私は笑う。
「いや、その通りなのだよ。万物は全て周りにあるもので何倍にもなりえるし、また0やマイナスにもなりえる。いやはや不思議なものだ」
その時の博士はいつになく無邪気に見えた。
「では博士にとって私はどうですか」
「私にとって?」
「はい」
そうだなと言い博士は考える。どうやら私の癖は博士から頂いたらしい。
「アイだな」
「アイって……虚数のiですか」
「そう」
博士はまた無意に本をペラペラとし始めた。
「まだ私には分からないということだよ。だから君はアイ」
「なるほど」
実に先生らしい。自然と互いに笑いが出てきた。
「では分かるまで博士にお供しますよ」
「はは、ついてこれるかな」
気付けば外から一閃の光が私達の間に入っていた。