第41話 助け
「ん、んん・・・・・・」
僕――――リツキは、ゆっくりとまぶたを開け、かげり始めた空を見つめた。
「・・・・・・僕、なにしてるんだ?」
今、僕は仰向けだ。それは間違いない。
では、どこで仰向けになっているのか?空が見えるということは、外ということで。
それを認識するなり、僕はガバッと身体を起こした。
「ここ、どこ!?」
いや、ちょっと待て、落ち着け。
まずは、意識を失う前のことを思い出すんだ。
「えーと、確か、僕は魔法大会の第3試練に出てて、第2試合でノノさんと戦って・・・・・・負け、て・・・・・・」
じわじわと記憶が戻ってきて、僕は目を見開く。
「ナオに、刺されたんだ」
ガバッと勢いよく下を見るが、予想外の光景に首をかしげる。
「傷が、ない?」
刺されたのは夢だったのか、とも思ったが、違う。
僕の記憶と同じ場所で、洋服に穴があいていた。それに、僕を中心におびただしい血の跡が広がっている。
ではなぜ僕は無事で傷が治ってるのか、と疑問がさらに深まりながらなにげなく横を見て――――息が、止まりそうになった。
「トワ・・・・・・?」
僕の横では、人型になったトワが横向きになってぐったりと目を閉じていた。
何事か、と思い視線をずらすと、トワの横腹が血にぬれていることに気づいた。
ドクンドクンと耳元で心臓の音を聞きながら、嫌な予感が背筋を駆け上がる。
手が震えそうになるのを必死に抑え、おそるおそるトワの上半身に目をこらした。
「・・・・・・っ」
トワの横腹には、僕の傷があったのであろう場所とまったく同じ位置に刺し傷ができていた。
獣族と魔族の回復力だろうか。血はすでにとまっていたが、それでもひどい傷だ。
トワがどんな手段を使って僕を助けてくれたのか、それを理解するのにそう時間はかからない。
「トワの、バカ」
僕の傷を、自分に移すなんて。
こんな力、使う気なんてなかったのに。
じわりと目に涙が浮かんで、それがこぼれる前にギュッと目をつぶった。
ぱしぱしと頬を軽く叩いて気合いを入れた。
「ふぅー」
冷静になれ。今、僕に出来ることを、やるべきことを考えろ。
まず、最優先はトワの傷の手当てと安全の確保。
次に、闘技場へ戻って状況の確認だ。
僕はトワのすぐそばにひざをつき、ケガの具合を確認する。
やはり、これだけの大きな傷、僕の回復魔法では焼け石に水かもしれない。けど
「回復」
やらないよりは良いかと思って、回復魔法をかけてみる。
案の定大きな変化はなかったが、ほんの少しでもトワの辛さが軽減されていれば良い。
さて、トワの安全を確保するためにも、早くここがどこだか特定しなくては。場所が分からなければ、助けを呼ぼうにも呼べない。
トワのこの傷、おそらく治せるのはルネさんくらいなものだろうから。
僕はすっくと立ち上がると、辺りを見回した。
・・・・・・妙に、魔力が濃いな。それに、こんな木が茂った場所、ヴィザレットにあっただろうか・・・・・・。
そこまで考えて、僕は最悪の想定に顔をしかめた。
もしかして、ここは、“還らずの森”だったりするのだろうか。
それは、まずい。非常に、まずい。
“還らずの森”では、救助が見込めない。僕たちの事を探してくれている人がいても、“還らずの森”の中に入ろうとはまず思わないし、こんな濃い魔力の中では魔力探知も容易ではないだろう。
それに、ここではいつ魔獣が出るか分からない。僕の魔力量も充分じゃなく、戦っても勝つ自信がない。
トワの状態も良くない。早く、早くルネさんの元にトワを届けないといけないのに。一刻の猶予もないのに。
僕は焦りが浮かんできて、心臓が早鐘を打ち始める。
なんとか冷静さは保っているが、それもギリギリだ。
僕はそんな場合ではないと分かっていながら、心の中で助けを求めてしまう。
助けて、助けて、助けて、誰か・・・・・・師匠っ。
「リツキ!」
その時、僕を呼ぶ声が聞こえて、ハッと顔を上げる。
パチリと目が合ったのは、息を上げてこちらを見ているライリーさんだった。
ライリーさんは僕が元気に立っているのを見ると、わずかに顔をゆがめる。
「よかっ、た・・・・・・っ」
「ライリーさ」
僕が名前を呼び終わる前に、ライリーさんに抱きしめられうっと言葉がつまる。
「心配、した・・・・・・っ」
「ライリーさん・・・・・・心配、おかけしました」
ライリーさんに痛いほど抱きしめられて、僕は胸の中の焦燥がじわじわと溶かされていくことを感じた。
「って、ライリーさん、トワが!」
「うん。分かってる」
ライリーさんから僕が勢いよく離れると、ライリーさんもこくりとうなずいてトワに歩み寄る。
ライリーさんは短パンのポケットから蜂蜜色の小瓶を取り出すと、その中に入っていた液体を容赦なくトワに飲ませた。
強引にトワの口を開け、結構雑に液体を流し込み、口を強制的に閉じて無理矢理飲ませたのだ。
一連の動きがあまりにスムーズで、僕も止める暇がなかった。
だが、その液体の効果はすさまじい。
トワののどが上下に動き、飲み込まれたことが確認できると、横腹の傷から薄桃色の光が漏れ出す。
パアッと一度光が強くなったかと思ったら、次の瞬間には傷口が塞がっていた。
「ライリーさん、これって!?」
「ルネが作った、薬」
ライリーさんの言葉に、僕は納得してうなずく。
確かに、ルネさんの薬ならばこれだけの効果があってもおかしくない。
「ルネ、瘴気強い“還らずの森”、入れない。だから、薬だけ、あたしが、届けようって。手遅れに、なりたくない、し」
「なるほど、そうだったんですね」
神聖な存在である精霊は、瘴気を苦手としている。
精霊女王はある程度耐性があるとも聞くが、それでも好き好んで瘴気にさらされるわけではない。
ルネさんも、精霊女王を引退しているし、耐性もそうあるわけではないのだろう。
「あたしが、トワ、運ぶ」
「はい。お願いします」
ライリーさんがトワをおぶるのを見て、僕はその隣に並んだ。
とりあえず“還らずの森”を出なければ、なにもはじまらない。ここからヴィザレットまでどのくらいあるのかは分からないが、ライリーさんが駆けつけてくれた時間を考えると、そう遠くもあるまい。
「ライリーさん、今、闘技場はどうなっているんですか?」
トワのことが一段落した今、気になるのはそこだった。
僕とライリーさんは並んで歩きながら、言葉を交わす。
「今、闘技場で、マノンとミオン、話してる」
「え、師匠が!?」
それは一体、どんな状況だろうか。それでも、そう良い状況であるはずがない。
僕は先ほどまでの安心感から一転、わたわたとしだす。
「ら、ライリーさん。どうにか森を抜けるまでどのくらいかかりますか!?」
「えっ・・・・・・と、半日、くらい?」
「はっ、半日!?」
「あたしの足、で、30分かかった、から」
「なっ」
なるほど、ライリーさんと僕とでは全く速さが違う、ということか。
だが、半日もかけていては、僕はナオとまともに話せず終わってしまうだろう。師匠のことも心配だ。
「どっ、どうにか、もっと早く抜けることは出来ませんか!?」
「えっと」
ライリーさんは少し考え込むと、まっすぐに獣の瞳で僕を見据えた。
「ちょっとがんばれるなら、できる、よ」
「がんばれます!僕、がんばります!」
僕が食ってかかるようにそう言うと、ライリーさんはこくりとうなずくと四つん這いになった。
え?と思う間もなく、ライリーさんが姿が人型から立派なメスライオンへと変化していく。
獣族特有の変化――――獣化だ。
僕がぽかんとしながら、その様を見守っていると、ライリーさんは自分の背を顎でさす。
「のって」
「は、はいっ」
ライリーさんに促され、その背によじ登る。
ライリーさんは僕が乗ったのを確認すると、口にトワをくわえた。
「行くよ。つかまって」
僕がライリーさんの短い毛を必死につかむのと、ライリーさんがグッと脚に力を込めるのは同時だった。
「うわああぁぁぁぁぁああああ」
予想以上に急激なスピードの上昇に、僕は情けない声を上げた。
振り落とされる!!
僕は慌てて全身でライリーさんにしがみつく。
耳元で風の音が轟々と鳴っていた。
こ、これは、予想外だああああぁぁぁぁぁ・・・・・・
つい先ほどまで瀕死だったトワは、ライリーさんに咥えられた状態で大丈夫なのだろうか、なんて頭によぎったが、声を出す余裕なんてない。
僕は全身全霊でしがみつきながら、ただただこの速度に耐え続けたのだった。
〇〇〇
「マノン……」
ミオンは、ゆっくりと下降してくるかつての師匠を見据えていた。
なぜこのタイミングで――――なんて決まっている。リツキが、危ない目にあったからだ。
マノンがここにいるということは、リツキにはすでに救助が向かっていると思って良いだろう。
唐突に現れたマノンに、観客席にいる人々もざわつき始める。
「だれだ、あれは」
「薄紫の、髪・・・・・・?」
「あの魔力量は、いったい」
マノンがミオンの目の前に降り立った瞬間、キンという音と共に防音の結界が張られた。
「さ、ミオン。これで心置きなく話せるわね」
「待ちなさい。私は、ナオを」
「彼なら心配ないわ。もう拘束魔法をかけているし」
マノンの視線を辿っていくと、闘技場に1人たたずむナオの身体を、薄紫色の鎖が捕えていた。
ミオンは思わずカッとなって、声を荒げる。
「私の弟子に、なにを・・・・・・っ」
「正気を失っている人を一時的に拘束するのは、混乱を生まないために重要なこと。本来なら、それを真っ先にするべきはミオンでしょう」
ミオンは、ギリッと歯を噛みしめる。
だが、マノンははあっとため息をつくとぽつりと言葉をこぼした。
「あの様子じゃ、あの鎖ももって30分ってとこだけど。ま、それまでには間に合うでしょ」
「?」
マノンはミオンを真正面から見つめると、なにも浮かんでいないまっさらな瞳でこちらを見据える。
「ねえ、久々に話をしない?ミオン」
「話・・・・・・?」
ミオンは、マノンに言われたことを反芻して、キッと視線を鋭くした。
「話しなんて、私と話すことから逃げたのはあなたの方じゃない!マノン」
ミオンの脳裏に浮かぶのは、マノンと過ごしたかつての日々。
マノンがまだ最強魔女で、ミオンが最強魔女と呼ばれるまでの、お話。




