第37話 決定打
「雷光」
僕の静かな詠唱が響いたとき、空が真っ黒な雲に覆われた。
ゴロゴロと、腹の底に響くような重低音が鳴り響く。
「おいおいおいおい・・・・・・」
空を見上げた男は、徐々に顔を青ざめさせている。
僕はそんな彼に向かって容赦なく――――手を振り下ろした。
ドピシャアアアアン
眩い雷光が、網膜を焼く。
太く鋭い雷が、男目指して落ちていた。
「うっそだろ!?」
男は雷を避けるために少し体勢を崩したようだったが、さすがの体幹ですぐに立て直す。
そして、続けざまに何発も放たれる雷を必死に浮遊魔法で回避する。
僕は無表情に、無情に、無慈悲に、雷を落とし続けた。
僕のたぐいまれな魔力量を生かした、圧倒的な物理攻撃。
彼と僕の戦い方は、よく似ている。
「ちぃっ」
男は雷の合間を縫って、なんとか僕に攻撃しようとするがうまくいかない。
僕に近づこうとする度に、鋭い雷光がそれを阻むのだ。
だが、僕もこのままではジリ貧であると分かっていた。
この男、浮遊魔法のセンスも桁違いだ。
僕の雷を、ギリギリではあるが回避し続けている。これでは、彼の体力が尽きる前に僕の魔力の方が底をついてしまうだろう。
僕も、彼も、お互いに決定打を探り合っていた。
「トワ」
「ガウウ」
僕はトワに声をかけると、スッ目を閉じ深呼吸をする。
辺りの音を1つも逃さないよう耳をすまし、神経を張り巡らせる。
集中が、徐々に最高点に達していき――――
「ガウッ」
トワの合図で僕がカッと目を見開くと、男が僕にナイフを差し向けているところだった。
僕は頭の中が澄み渡っていて、彼の一挙手一投足がよくよく見えた。
冷静に、彼のナイフをもつ腕をとり、その身体を――――投げ飛ばす!
「てりゃあっ!」
彼は、空中で姿勢を崩し、なすすべもなく海もどきへと落下していく――――と思いきや、ギリギリのところで男は耐え忍び、海もどきの中へ落下することはなかった。
「へっ、どうだ!」
男が勝ち誇った顔でこちらを見上げ、僕の顔を見て眉根を寄せた。
おそらく僕の口元が、笑みをかたどっていたから。
戸惑う男をよそに、僕は彼の足を、海もどきに指先だけ浸った足を、見つめていた。
僕は、思い出していた。あの海もどきに落ちたとき、塩辛い味を感じたことを。
「チェックメイトだよ」
「は?あ、あ、ギャアアアアアア」
男は唐突に叫び声を上げると、ぷつんと紐が切れたように気を失った。
同時に、闘技場に満ちていた海もどきもふっと消える。
と、男は物理法則に基づいて自由落下していった。
「あっ。と、トワ!あの人落ちちゃう!どうしよう!」
「ガウガウア!」
僕は今になって男の命の危機に焦り出す。
だって、今まで戦闘に夢中で!
僕が慌てて浮遊魔法の高度を落とそうとすると、ふわりと、男は桃色の光に包まれゆっくりと地面に下ろされた。
地面に横たわる彼は、白目をむいて気絶している。
いつの間にか彼の側にたたずんでいたシルクさんが、彼の顔をのぞきこみひとつうなずくと声を張り上げた。
「戦闘不能、確認。勝者、リツキ!」
ワアアアアア
観客席からの歓声が響き渡る。
僕はぽかんとしつつ、浮遊魔法で徐々に地面に降りていった。
「シルクさん・・・・・・」
「よくやったな、リツキ。感電させたのか」
「はい」
受付嬢さんによって裏へ運ばれていく男を見送りながら、シルクさんに答える。
「あの海もどきに落ちたとき、気づいたんです。あの水、ちゃんと塩水だって」
真水は電気を通さないが、塩水ならば電気を通す。
雷という特大の電気を塩水に流し続ければ、足先を少し浸しただけで感電する、というわけだ。
あの海もどきが、しっかり海仕様の液体であったことが功を奏した。
「今回は、たまたま運が良かった。もしほんの少しでもなにかが違えば、僕が負けていましたよ」
もし、あの海もどきが真水だったら。落水したときに、もっと空気を吐き出してしまっていたら。攻撃のタイミングをミスってしまったら。
「そうだね。これは、そういうレベルの戦いだ。・・・・・・次も、頑張ってね」
「はい」
シルクさんとの会話を切り上げ、僕も受付嬢さんの案内に従って裏へと戻る。
裏に戻った僕はイスに座り込み、魔力の回復に専念することにした。
グサグサと刺さる他の魔法使いの視線は気になるが、今はなんとか意識の外にやる。
目を閉じ、己の中を見つめることだけをする時間が過ぎていった。
〇〇〇
「ふうっ、ふうっ」
第3試練が行われている裏側、ナオは1人でそっと待合部屋を離れていた。
先ほどの、リツキの戦う姿を思い出し、叫び出したくなるような激情が胸の内で荒れ狂った。
あの時、第2試練でリツキに敗れてから、ナオはリツキの顔が頭から離れない。
自分が負けたあの瞬間が、何度も何度も繰り返し頭の中に流れてくるのだ。
常に淡々と、感情というものが自分にあるのかすら分からなかったナオが、こんなにも感情に振り回されることになるなんて、誰が予想できようか。
ナオは経験したことのない心の動きを、ただただ持て余していた。
これを収める方法なんて、分かるわけもない。
"戦いたい”という衝動だけが、湧き起こる。
リツキと同じ空間にいるだけで、戦いを始めたくて仕方がない。自分を抑えるだけで、精一杯だった。
「おやおや、辛そうですね。大丈夫ですか?」
その時、自分の気持ちを必死に抑えるナオに、話しかける人がいた。
ひょろりとした高身長の男だ。顔は・・・・・・よく分からない。認識阻害の魔法がかけられているのか、顔パーツは認識できても、それがどんな顔をしているか、認知できない。
「・・・・・・なんだ、お前」
ここは魔法連盟本部で、その中でも特定の関係者だけが入れる場所にナオはいる。
平たく言ってしまえば、ミオンに許された人だけが入れる場所なのだ。
ひそかに警戒を強めていると、長身の男はへらりと笑った。
「いやいや、別に危害を加える気はないですよう。ただ、ちょおっと、お話しをしたいなあと思いましてね?」
「話・・・・・・?」
ナオは、ここで問答無用でも彼に攻撃するべきだった。
だが、感情が希薄で、だからこそ他人に興味がなく、それこそが強みでもあったナオはもういない。
今のナオは、自分の気持ちに振り回される、ただの子どもだった。
だから、聞き返してしまう。
相手に、つけいる隙を与えてしまう。
男は口角をにんまりとつり上げると、上機嫌にこう続けた。
「いやあ、ワタシなら、あなたを強くしてさしあげられるのにと思いまして?」
「は」
「今のあなた様は、だれよりも強さをもとめているのではないですか?」
くねくねと身体をくねらせながらそう言う男に、ナオは眉根をよせる。
「怪しい」
「ええ!?そんなあ、あんまりですよう。ほらほら見て見て!このプリチィなおめめ!」
男は自分の目のあたりを指さしアピールしてくるが、それもうまく認識できない。
ナオは気持ちの悪い感覚に、さらに顔をしかめた。
「もういい。どっか行け」
「ええええ!?そんなあ、そんなあ」
男は大げさにおいおいと泣くような仕草をすると、スッと懐から小瓶を取り出した。
その中には、漆黒を煮詰めたような丸薬が詰まってる。
男はそれを見せびらかすように振ってみせた。
「この薬、特別にあなた様にさしあげようと思っていたのですが・・・・・・残念ですう」
ナオは、そのうさんくさいにも程がある薬から目を離そうとして――――それが、できないことに気づく。
魔法で固定されていたり、物理的に押さえつけられたりしているわけではない。
なぜかは分からないが、視線がその丸薬に縫い付けられているかのようだ。
あの小瓶からフェロモンでも出ているのか。
吸い寄せられるようにその小瓶に手を伸ばし、気がつけば誰にもとられまいとするように強く握りしめていた。
「ありがとうございますう」
嫌な笑みを浮かべた男が、袖を合わせてぺこりと頭を下げる。
「そちらは、あなた様が強くありたいと思ったときにご利用くださいませえ。きっと、お力になれるかと思います、よ?」
ナオがハッと顔を上げると、もう男はその場にいなかった。
手の中の小瓶が、今までの出来事が現実であることを訴えている。
ひどくうさんくさい。こんなもの、今すぐ捨てるべきだ。
頭では、そう、分かっているのに。
ナオは、グッと手のひらを握りしめる。
どうしてか、この小瓶を手放そうとは思えなかった。




