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こちら“元“最強御一行さまです!  作者: 茉莉花菫
第2章
95/105

第37話 決定打

雷光(ライトニング)


 僕の静かな詠唱が響いたとき、空が真っ黒な雲に覆われた。

 ゴロゴロと、腹の底に響くような重低音が鳴り響く。


「おいおいおいおい・・・・・・」


 空を見上げた男は、徐々に顔を青ざめさせている。

 僕はそんな彼に向かって容赦なく――――手を振り下ろした。


 ドピシャアアアアン


 眩い雷光が、網膜を焼く。

 太く鋭い雷が、男目指して落ちていた。


「うっそだろ!?」


 男は雷を避けるために少し体勢を崩したようだったが、さすがの体幹ですぐに立て直す。

 そして、続けざまに何発も放たれる雷を必死に浮遊魔法で回避する。

 僕は無表情に、無情に、無慈悲に、雷を落とし続けた。

 僕のたぐいまれな魔力量を生かした、圧倒的な物理攻撃。

 彼と僕の戦い方は、よく似ている。


「ちぃっ」


 男は雷の合間を縫って、なんとか僕に攻撃しようとするがうまくいかない。

 僕に近づこうとする度に、鋭い雷光がそれを阻むのだ。

 だが、僕もこのままではジリ貧であると分かっていた。

 この男、浮遊魔法のセンスも桁違いだ。

 僕の雷を、ギリギリではあるが回避し続けている。これでは、彼の体力が尽きる前に僕の魔力の方が底をついてしまうだろう。

 僕も、彼も、お互いに決定打を探り合っていた。


「トワ」

「ガウウ」


 僕はトワに声をかけると、スッ目を閉じ深呼吸をする。

 辺りの音を1つも逃さないよう耳をすまし、神経を張り巡らせる。

 集中が、徐々に最高点に達していき――――


「ガウッ」


 トワの合図で僕がカッと目を見開くと、男が僕にナイフを差し向けているところだった。

 僕は頭の中が澄み渡っていて、彼の一挙手一投足がよくよく見えた。

 冷静に、彼のナイフをもつ腕をとり、その身体を――――投げ飛ばす!


「てりゃあっ!」


 彼は、空中で姿勢を崩し、なすすべもなく海もどきへと落下していく――――と思いきや、ギリギリのところで男は耐え忍び、海もどきの中へ落下することはなかった。


「へっ、どうだ!」


 男が勝ち誇った顔でこちらを見上げ、僕の顔を見て眉根を寄せた。

 おそらく僕の口元が、笑みをかたどっていたから。


 戸惑う男をよそに、僕は彼の足を、海もどきに指先だけ浸った足を、見つめていた。

 僕は、思い出していた。あの海もどきに落ちたとき、塩辛い味を感じたことを。


「チェックメイトだよ」

「は?あ、あ、ギャアアアアアア」


 男は唐突に叫び声を上げると、ぷつんと紐が切れたように気を失った。

 同時に、闘技場に満ちていた海もどきもふっと消える。

 と、男は物理法則に基づいて自由落下していった。


「あっ。と、トワ!あの人落ちちゃう!どうしよう!」

「ガウガウア!」


 僕は今になって男の命の危機に焦り出す。

 だって、今まで戦闘に夢中で!

 僕が慌てて浮遊魔法の高度を落とそうとすると、ふわりと、男は桃色の光に包まれゆっくりと地面に下ろされた。

 地面に横たわる彼は、白目をむいて気絶している。

 いつの間にか彼の側にたたずんでいたシルクさんが、彼の顔をのぞきこみひとつうなずくと声を張り上げた。


「戦闘不能、確認。勝者、リツキ!」

 ワアアアアア


 観客席からの歓声が響き渡る。

 僕はぽかんとしつつ、浮遊魔法で徐々に地面に降りていった。


「シルクさん・・・・・・」

「よくやったな、リツキ。感電させたのか」

「はい」


 受付嬢さんによって裏へ運ばれていく男を見送りながら、シルクさんに答える。


「あの海もどきに落ちたとき、気づいたんです。あの水、ちゃんと塩水だって」


 真水は電気を通さないが、塩水ならば電気を通す。

 雷という特大の電気を塩水に流し続ければ、足先を少し浸しただけで感電する、というわけだ。

 あの海もどきが、しっかり海仕様の液体であったことが功を奏した。


「今回は、たまたま運が良かった。もしほんの少しでもなにかが違えば、僕が負けていましたよ」


 もし、あの海もどきが真水だったら。落水したときに、もっと空気を吐き出してしまっていたら。攻撃のタイミングをミスってしまったら。


「そうだね。これは、そういうレベルの戦いだ。・・・・・・次も、頑張ってね」

「はい」


 シルクさんとの会話を切り上げ、僕も受付嬢さんの案内に従って裏へと戻る。

 裏に戻った僕はイスに座り込み、魔力の回復に専念することにした。

 グサグサと刺さる他の魔法使いの視線は気になるが、今はなんとか意識の外にやる。

 目を閉じ、己の中を見つめることだけをする時間が過ぎていった。


 〇〇〇


「ふうっ、ふうっ」


 第3試練が行われている裏側、ナオは1人でそっと待合部屋を離れていた。

 先ほどの、リツキの戦う姿を思い出し、叫び出したくなるような激情が胸の内で荒れ狂った。


 あの時、第2試練でリツキに敗れてから、ナオはリツキの顔が頭から離れない。

 自分が負けたあの瞬間が、何度も何度も繰り返し頭の中に流れてくるのだ。


 常に淡々と、感情というものが自分にあるのかすら分からなかったナオが、こんなにも感情に振り回されることになるなんて、誰が予想できようか。

 ナオは経験したことのない心の動きを、ただただ持て余していた。

 これを収める方法なんて、分かるわけもない。

 "戦いたい”という衝動だけが、湧き起こる。

 リツキと同じ空間にいるだけで、戦いを始めたくて仕方がない。自分を抑えるだけで、精一杯だった。


「おやおや、辛そうですね。大丈夫ですか?」


 その時、自分の気持ちを必死に抑えるナオに、話しかける人がいた。

 ひょろりとした高身長の男だ。顔は・・・・・・よく分からない。認識阻害の魔法がかけられているのか、顔パーツは認識できても、それがどんな顔をしているか、認知できない。


「・・・・・・なんだ、お前」


 ここは魔法連盟本部で、その中でも特定の関係者だけが入れる場所にナオはいる。

 平たく言ってしまえば、ミオンに許された人だけが入れる場所なのだ。

 ひそかに警戒を強めていると、長身の男はへらりと笑った。


「いやいや、別に危害を加える気はないですよう。ただ、ちょおっと、お話しをしたいなあと思いましてね?」

「話・・・・・・?」


 ナオは、ここで問答無用でも彼に攻撃するべきだった。

 だが、感情が希薄で、だからこそ他人に興味がなく、それこそが強みでもあったナオはもういない。

 今のナオは、自分の気持ちに振り回される、ただの子どもだった。

 だから、聞き返してしまう。

 相手に、つけいる隙を与えてしまう。


 男は口角をにんまりとつり上げると、上機嫌にこう続けた。


「いやあ、ワタシなら、あなたを強くしてさしあげられるのにと思いまして?」

「は」

「今のあなた様は、だれよりも強さをもとめているのではないですか?」


 くねくねと身体をくねらせながらそう言う男に、ナオは眉根をよせる。


「怪しい」

「ええ!?そんなあ、あんまりですよう。ほらほら見て見て!このプリチィなおめめ!」


 男は自分の目のあたりを指さしアピールしてくるが、それもうまく認識できない。

 ナオは気持ちの悪い感覚に、さらに顔をしかめた。


「もういい。どっか行け」

「ええええ!?そんなあ、そんなあ」


 男は大げさにおいおいと泣くような仕草をすると、スッと懐から小瓶を取り出した。

 その中には、漆黒を煮詰めたような丸薬が詰まってる。

 男はそれを見せびらかすように振ってみせた。


「この薬、特別にあなた様にさしあげようと思っていたのですが・・・・・・残念ですう」


 ナオは、そのうさんくさいにも程がある薬から目を離そうとして――――それが、できないことに気づく。

 魔法で固定されていたり、物理的に押さえつけられたりしているわけではない。

 なぜかは分からないが、視線がその丸薬に縫い付けられているかのようだ。

 あの小瓶からフェロモンでも出ているのか。

 吸い寄せられるようにその小瓶に手を伸ばし、気がつけば誰にもとられまいとするように強く握りしめていた。


「ありがとうございますう」


 嫌な笑みを浮かべた男が、袖を合わせてぺこりと頭を下げる。


「そちらは、あなた様が強くありたいと思ったときにご利用くださいませえ。きっと、お力になれるかと思います、よ?」


 ナオがハッと顔を上げると、もう男はその場にいなかった。

 手の中の小瓶が、今までの出来事が現実であることを訴えている。

 ひどくうさんくさい。こんなもの、今すぐ捨てるべきだ。

 頭では、そう、分かっているのに。


 ナオは、グッと手のひらを握りしめる。


 どうしてか、この小瓶を手放そうとは思えなかった。



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