第36話 第1試合
最初の試合は混戦を極め、決着までに時間がかかった。
第3試練は時間制限を設けられておらず、あくまでどちらかが戦闘不能になるまで試合は続く。
闘技場から負傷し運び出される2人を見送って、僕はグッと眉根を寄せた。
お互い本気だからこそ、ケガはつきものだ。
頭では分かっているが、見ているととても痛々しい。
回復魔法ですぐに治癒できたら良いが。
「それでは、『2』のカードを持つ方、こちらからご案内させていただきます」
部屋にいた受付嬢さんの言葉に応え、2人の人物が前に進んだ。
その内の1人に、僕は釘付けになる。
いつの間にかこの場に戻っていたナオが、『2』のカードを手に立っていた。
僕はナオの後ろ姿を見送り、試合の様子も一瞬も見逃すまいと誓った。
試合は準備ができ次第早々に始まるようで、僕はじっと闘技場の様子を見守っていた。
――――結果から言おう。
ナオの圧勝だった。
ナオは鬼気迫る様子で、開始と同時に攻撃魔法で空間を飽和させた。
相手の魔法使いはその魔法の圧にさばききれず、押しつぶされるように負けた。
画像で見ていただけの僕も、恐怖を抱いたほどだ。
第2試練の時のナオと、なにかが違う。なんらかの変化が起きたのだと、そう思い知らされる。
裏に戻ってきたナオから、誰もが目を背け、畏怖を抱いていることを感じた。
僕の目の前をナオが通り過ぎるとき、視線の交わる瞬間があった。
僕は目をそらさなかったし、ナオもチラとこちらを一瞥したから。
「それでは、『3』のカードを持つ方、ご案内いたします」
僕はグッと足に力を込めると立ち上がる。
トワもぴょんっと僕の肩に跳び乗った。
僕が受付嬢さんの案内に従って歩みを進めると、ガタイの良い男性が横に並んできた。
僕は自然と隣を見上げる形になる。
「おう。よろしくな」
「・・・・・・はい」
彼の手には、『3』と書かれたカードがにぎられている。
この人が、僕の最初の対戦相手か。
「こちらです」
闘技場へ一歩一歩近づく度に、聞こえてくる歓声が大きくなる。
その歓声は、僕たちが姿を見せたときにひときわ大きくなった。
「2人とも、こちらへ」
闘技場で待っていたシルクさんが、自身の目の前を指し示す。
僕たちはシルクさんを挟むようにして向かい合った。
「それではこれより試合を始める。準備はいいか?」
「おうよ!」
「はい」
シルクさんは僕たち2人の顔を順に見て、間に腕を差し込んだ。
「それでは、はじめ!」
シルクさんの腕が、大空へ振り上げられるのと――――ほぼ同時。
「大波!!」
相手の単詠唱が響き渡り、押しつぶされるほどの多量の魔力の膨らみを感知した。
「バリ・・・・・・」
反射的に結界で対応しようとした僕は、頭上に落ちた広範囲の影にぽかんと口を開けた。
戦闘中に、まぬけだと思うか?
だって、仕方がないだろう。
誰だって、頭上から大波が襲ってきたら現実逃避もしたくなる。
「ふ、浮遊浮遊浮遊!」
僕は早口で詠唱をして、慌てて飛び上がる。
もちろん、トワは僕の肩の上に・・・・・・
「ちょ、トワ、重いっ」
「ガウガウッ」
トワもよっぽどおどろいたらしく、僕の頭の上にのぼっていた。心なしか、震えている気もする。
かくいう僕も、足下になだれ込んだ大波を見つつ、バクバクする心臓をなんとか押さえ込もうとしていた。
「はっはー、これを避けるたア、予想外、だっ」
僕は耳元で風きり音を捉えた瞬間、頭を勢いよく下げる。
頭上のすれすれを、刃がかすめた。
避けた、と思った瞬間、下からも追撃がくる。
「結界っ」
それをなんとか結界ではじき、僕は一度相手の全身が捉えられる位置まで後退した。
彼の手元を見れば、両手にそれぞれ刃渡りの短いナイフが握られている。
足下ではまだ、ざっぱんざっぱんと波の音がする。
闘技場全体が、ちょっとした海のようだ。
広範囲の圧倒的な物理攻撃。加えて、武人さながらのナイフさばき。
おそらく、身体強化魔法も使用している。
「トワ、警戒を」
「ガウウ」
ナイフを避けるとき一度僕の腕に抱えられていたトワは、再び僕の頭上に戻ってうなり声をあげた。
お互いに、にらみ合う時間が続く。
「氷」
「加速!」
僕の手に氷の剣ができあがると同時、相手の男が目にもとまらぬ速さで肉薄してきた。
間一髪で、ナイフを氷の剣で受け止める。
近いところで視線を交わしながら、僕はうっすらと笑みを浮かべた。
「戦い方、魔法使いらしくないですね」
「お互い様だア」
「ごもっとも」
何度か切り結び、離れて、また切り結び、を繰り返す。
僕はそのやりとりの中で、ちらりと眼下の海もどきを見下ろした。
この戦いが始まってからずっと抱いていた疑問。
どうして彼は、こんな魔力消費が大きい魔法を使ったのだろう。
浮遊魔法、飛行魔法ができない魔法使いを間引くつもりなのかとも思ったが、たぶん違う。
それが目的なら、僕が浮遊魔法を使えると分かった時点で解除するはず。
こんな、フィールドをがらりと変えるようなことをしたのは、なぜか。
・・・・・・なにか、この状況でないとできないことが、狙いが、ある?
「おらおらおらおら!よそ見すんなよなア!」
「・・・・・・っ」
重たいナイフの一振りに、僕はハッと思考を途絶えさせられた。
気づけば、僕は宙で体勢を崩しており、その真上に相手の男が位置取っている。
まず・・・・・・っ
「おらあ!」
男の渾身の一撃は、姿勢を崩していた僕にとって致命的だった。
全体重が乗せられたナイフはひどく重くて、僕は勢いよく水中へ落ちてしまう。
「ガボッ」
空気の塊を吐き出し、全身から体温が奪われていくことを感じる。視界がゆらゆら揺らめいて、ひどく悪い。
まずいまずいまずいまずいっ。
早く水上へ出ないと。そうでないと、詠唱ができないっ。
そこまで考えて、僕ははたと気がついた。
そうだ。魔法使いは、水中では詠唱ができない。無詠唱が使える魔法使いでない限り、この状況で対処できることは――――ない。
狙いは、これかっ!!
自分も水の中に落ちるリスクを負いながら、一撃で相手を戦闘不能にする方法。
たぐいまれな魔力量と、使用できる魔力量が限られる中でも攻撃できる身体能力、そして、自分もハンデを負いながらそれを楽しめる胆力。
本当に、すごい魔法使いだ。
どうしてだろう。
ピンチな状況のはずなのに。打てる手すらないはずなのに。
無意識のうちに興奮で頬が緩んでいた。
「ガウガウガガガが」
横から今にも溺れそうな声にならない声がして、我に返る。
トワ!
ぱっと横に目をこらすと、黒い塊がバタバタと手足をばたつかせていた。
新発見だ。どうやらトワは、泳げないらしい。
僕は急いで腕と足を動かして水中を移動し、トワの首根っこをつかむ。
早く上に上がらなくては。僕もそろそろ限界だ。
水面に向かって水をかきつつ泳いでいく。
早く、早く。焦る気持ちを落ち着かせ、なんとか冷静さを保ちながら必死に手足を動かしていた。
その時、キラリと水面の方が光った。
「~~~~~~~っ」
光の正体に思い至り、声にならない悲鳴を上げたときには、鋭い渦がこちらに迫ってきた。
咄嗟に数ミリ横にずれると、頬すれすれをその渦が通りすぎ、スパッと僕の薄皮を切り裂いた。
やばい。相手が、僕たちを仕留めに来ている。
渦というかドリルは、次々と水中に送り込まれ、僕はその回避に専念させられる。
その中でも徐々に徐々に水面へ向かっていった。
だが、このまま素直に水中から出ても、向かい打たれ再び沈められるだけだ。
だから僕は、水面に向かいながら、自分の中で魔力を練り上げていく。
最後の最後まで追ってくる水のドリルを避け、プハッと水上に顔を出す。
と、案の定、待ち構えていた男が僕を再び沈めようと蹴りを放つところだった。
僕はすぐさま口を開き、その多大な魔力を解放する。
「氷!浮遊!」
蹴りは氷の壁で防ぎ、視界をふさいだ隙に浮遊魔法で飛び上がる。そのままの勢いで、相手の頭上まで高度を上げる。
彼は、蹴りを防がれた驚きで一瞬動きを止めていた。
まさか溺れかけた人間が、水中から上がってきてすぐに攻撃に転じられるなんて思ってもみなかったのだろう。
その一瞬は、致命的となる。
「雷光」
僕の静かな詠唱に呼応して、空が暗くよどみ、ピシャンと鋭い音が響いた。




